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春:九十六 (1/2)

 異様な煙の臭気においは吉原堤に近い屠殺場とさつばの方から風に送られて来た。その煙は、水まりのある草地や、はたけや、田圃たんぼなぞを越して、遠慮なく侵入して来る。風が持って来る煙のことで、それを防ぐこともどうすることも出来なかった。

 庭の蓮池には蟇蛙ひきがえるが沢山集まっていた。岸本の母親は、その周囲まわりを回って、暗い梅林の間を通り抜けて、藪蚊やぶかに食われながら縁側の方へ近づいた。民助の無罪放免を願うために、母親は御百度参を日課のようにしていた。陰湿しけた土を踏む為か、白い足はすこし腫れて見える。この御百度ばかりは、家の者が何と言って留めても、聞き入れなかった。

母親おっかさん、行ってまいりました」こう岸本は縁側から声を掛けた。

 母親はいつまでも若い気象を失わないような人であった。信心深い額の上のところは最早すこし禿げかかっていたが、ほほの色なぞには未だ艶々つやつやとした紅味あかみが残って、快活な、働き好な、山国の婦人おんならしい性質をよく表している。初々しい姉はこの母親があるので、僅かに気を引き立てられている。

「アア、御苦労さま、今日はどうだったい――うまく面会が出来たかネ」と母親は跣足はだしのままで庭に立っている。

「駄目」と岸本は頭を振った。「くじが遅くて、兄さんにはえませんでした」

「そうかい」

「仕方が有りありませんから、差し入れの方だけ用を足して来ました。朝はパンでいから、昼と晩だけ弁当にしてくれなんて兄さんもすこし贅沢ぜいたくじゃ有りませんか。家の方の事情はよく解らないんでしょう」

「そう言うなよ。御店おたなでもああ言って下さるもんだから、差し入れだけはしてよりたい――」と言って、母親は低声こごえに成って、「捨、お前はまだ知らないだろう、明日はた執達吏が来るそうだよ」

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春

「若菜集」「千曲川のスケッチ」「破戒」「夜明け前」などで知られる詩人・小説家の島崎藤村が1908年4月から8月まで東京朝日新聞に連載した新聞小説です。同年10月に「緑蔭叢書第弐篇」として自費出版されました。浪漫主義の雑誌『文学界』の同人たちをモデルに、明治時代中期を舞台にした青春小説です。キリスト教の洗礼を受け、恋愛や新しい芸術思想について語りあう楽しい仲間、辛い仕事と没落していく家という現実、その狭間に置かれて悩みながらも自立を図っていこうとする若者たちを、主人公の「岸本捨吉」を中心に描きます。モデルは、藤村自身が岸本捨吉、北村透谷が青木駿一、平田禿木が市川仙太、戸川秋骨が菅時三郎、馬場孤蝶が足立弓夫、星野天知と星野夕影兄弟が岡見兄弟。藤村の「若菜集」発表前夜の物語です。田山花袋の「生」と同時期に新聞連載が始まったこともあり、世間は、事実をありのままに描き真実に迫ろうとする二人の「自然主義作家」に注目しました。ITmedia 名作文庫では、(緑蔭叢書版を底本とした)「島崎藤村全集第5巻」(筑摩書房、1966年5月10日発行)を底本に、2010年の常用漢字改定に照らし合わせ、現代仮名遣いへ改めました。常用外漢字と当て字にはルビを振り読みやすくしています。(近日刊行予定)