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春:九十二 (1/2)

「功名心果たして成すに足らざるか、生が生活は何よりて過ごさん、何を目的として世を送らん、などと考うれば考える程、心を病まし気を痛め、終日臥床ふしどに在りて涙と共に十二月を過ごし、何時いつ癒ゆべしとも思われざりし。ここに至りて生が父は、何の原因より起こりし病とは知らねど、気鬱病とは知るものから、生を放って地方に旅行せしめたり。これはこれ、生が旅行の嚆矢はじめにして、爾後じご重に旅行を以て気鬱を慰むるの機具となしたるも端緒いとぐちをここに開きしなり。

「その年五月、生は本郷なるなにがし義塾というに入塾せしが、これまた生をして不愉快を感ぜしむるものの一たりし。

「翌十六年三月、生は某専門学校に入塾したり。生は常に学問の仕方は自ら修め自ら窮むる禅宗臭き説を持ち居けり。されば学校に在りても、教科書を調べんよりは数多の書史を渉猟しゅうりょうするこそ面白けれと、日々書籍室に入りて漸く鬱を慰め居たり。

「翌十七年は生をして一度怯懦きょうだなる畏怖心を脱却して、再び功名心の火を燃え盛んならしむるのとしにてありし。この時の功名心は前日のそれとは全く別物にして、名利を貪らんとするの念慮は全く消え、あわれむき東洋の衰運を恢復かいふくすべき一個の大政治家と成りて、己の一身を苦しめ、万民の為に大に計るところあらんと、熱心に企て起こしたり。己の身を宗教上の基督キリストの如くに政治上に尽力せんと望めり。此目的を成し遂げんには、一個の大哲学家となりて、欧州に流行する優勝劣敗の学派を破砕すべしと考えたり。その考えは実に殆んど一年の長きに渡り一分時間も生の脳中を離れざりし。嗚呼ああ、何者の狂痴ぞ、かかる妄想を斯る長き月日の間包有する者あらんや。

「翌十八年に入りて、生は全く失望落胆し、遂に脳病の為に大に困難するに至れり。然れども少しく元気を回復するに至りて、生は従来の妄想の非なるを悟り、ここに小説家たらんとの望を起こしたり。されど未だ芸術家たらんとは企てざりし。こいねがわくは仏のヒョウブその人の如く、政治上の運動を繊々たる筆の力もて支配せんと望みけり。斯年、生は各地に旅行し、風景の鑑賞家と成れり。又種々の人間に交際して、人情の研究家と成れり。

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春

「若菜集」「千曲川のスケッチ」「破戒」「夜明け前」などで知られる詩人・小説家の島崎藤村が1908年4月から8月まで東京朝日新聞に連載した新聞小説です。同年10月に「緑蔭叢書第弐篇」として自費出版されました。浪漫主義の雑誌『文学界』の同人たちをモデルに、明治時代中期を舞台にした青春小説です。キリスト教の洗礼を受け、恋愛や新しい芸術思想について語りあう楽しい仲間、辛い仕事と没落していく家という現実、その狭間に置かれて悩みながらも自立を図っていこうとする若者たちを、主人公の「岸本捨吉」を中心に描きます。モデルは、藤村自身が岸本捨吉、北村透谷が青木駿一、平田禿木が市川仙太、戸川秋骨が菅時三郎、馬場孤蝶が足立弓夫、星野天知と星野夕影兄弟が岡見兄弟。藤村の「若菜集」発表前夜の物語です。田山花袋の「生」と同時期に新聞連載が始まったこともあり、世間は、事実をありのままに描き真実に迫ろうとする二人の「自然主義作家」に注目しました。ITmedia 名作文庫では、(緑蔭叢書版を底本とした)「島崎藤村全集第5巻」(筑摩書房、1966年5月10日発行)を底本に、2010年の常用漢字改定に照らし合わせ、現代仮名遣いへ改めました。常用外漢字と当て字にはルビを振り読みやすくしています。(近日刊行予定)