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春:九十一 (1/2)

「ここに記憶すべき一種の幸福なること有り。そは他ならず、せいの母は生が小説を好むのへきあるを嫌って、堅くこれを禁制したり。もし生にして、依然小説を読むの権力ありて、全く身を功名心の極度に踏み込ましめば、その結果は実に奈何いかんぞや。もろもろの英雄の少時によくあるためしなる自死を試むるに至らんこと必せり。

「然れども、功名心の病はついに生の身を誤れり。そは明治十五年の至りて、始めて純然たる病気の形をあらわしけり。

「明治十四年は生が父母の携えられて東都に移りし初年なり。生は東都の移り泰明学校という小学校に入りしが、この学校はいささか以て生の不平を慰めけり、校長は東京にて第一等の教師と評判せらるる程の人にてありし。その人は生の淡泊なる性質を鍾愛しょうあいし、最も親愛して生を教育せられたり。又、生は人の意表にずる議論を好みて、文章を作るに愉快活発の気象を顕しければ、卑屈コンモンなる数多あまたの教師どもにわかに生を敬愛するに至りたり。従って校中の評判生の一身に集まり、生の最も得意とする功名心は斯学校の生活には全くその功を奏したりというべし。斯年は、国内政治思想の最も燃え盛りたる時なりければ、生もまたその風潮に激発せられて、政治家たらんと目的を定むるに至り、奮って自由の犠牲にも成らんと思い起きせり。従来の功名心はことごとく斯一点に集合し、畏るべき勢を以て生の心を支配し始めたり。斯年は多少生をして愉快に日を送らしめる得たり。ある日、飄然ひょうぜんとして家を出で、懐には一銭の金をも持たずして、東海道を徒歩し鎌倉に遊びたり。そもそも鎌倉は詩人に取っての伊太利イタリーの如く、最も生の渇望して一見せんと欲するの土地なりし。何となればその頃生の日常読むところは重に日本の歴史にして、その歴史中最も重要の事件は彼の地に於て演ぜられたればなり。又、ある日は独り千葉地方に遊びたり。生は斯の時満十三年にも足らぬ少年なりしも、活発に是等これらの運動を試みけるは、実は生をして身を誤るの基たらしめたり。生は自らおもえらく、斯くの如き活発に生活は過ぎ行くべしと。何ぞ知らん、いまだ一歳をも経ざるうち、生の一身は全く功名心の占領する所とならんとは。

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  5. ITmedia 名作文庫は、散文作品(小説、随筆、評論、日記等)を主体とする。なるべく初刊本に近いものを底本に選び、全集等、先人たちの校訂を参照する。著者の死後50年を過ぎた作品群の中には、21世紀の今日の観点からみると、差別を始めとした不適切な表現ないしは同表現ととられかねない箇所が見受けられることがあるが、原文の歴史的価値を鑑みて底本どおりとする。

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春

「若菜集」「千曲川のスケッチ」「破戒」「夜明け前」などで知られる詩人・小説家の島崎藤村が1908年4月から8月まで東京朝日新聞に連載した新聞小説です。同年10月に「緑蔭叢書第弐篇」として自費出版されました。浪漫主義の雑誌『文学界』の同人たちをモデルに、明治時代中期を舞台にした青春小説です。キリスト教の洗礼を受け、恋愛や新しい芸術思想について語りあう楽しい仲間、辛い仕事と没落していく家という現実、その狭間に置かれて悩みながらも自立を図っていこうとする若者たちを、主人公の「岸本捨吉」を中心に描きます。モデルは、藤村自身が岸本捨吉、北村透谷が青木駿一、平田禿木が市川仙太、戸川秋骨が菅時三郎、馬場孤蝶が足立弓夫、星野天知と星野夕影兄弟が岡見兄弟。藤村の「若菜集」発表前夜の物語です。田山花袋の「生」と同時期に新聞連載が始まったこともあり、世間は、事実をありのままに描き真実に迫ろうとする二人の「自然主義作家」に注目しました。ITmedia 名作文庫では、(緑蔭叢書版を底本とした)「島崎藤村全集第5巻」(筑摩書房、1966年5月10日発行)を底本に、2010年の常用漢字改定に照らし合わせ、現代仮名遣いへ改めました。常用外漢字と当て字にはルビを振り読みやすくしています。(近日刊行予定)