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春:九十 (1/2)

 青木未亡人は読み続けた。

「明治六年、生の父母は生を祖父母に託して東都に去れり。十一年まで五年間、生は全く祖父母の膝下しつかに養育せられたり。斯貴重なる時日の教育に就き一言せざるべきからず。生の祖父は、およそ世にめずらしき厳格の人にして、活発に飛びはねることを好む少年を懲こらすの術に苦みたる事、今もしばしば祖母の物語に聞き得る事どもなり。又、祖母は今でこそ至って温順なれど、その頃は生に取りて余り利益を与えしとは覚えず。何となれば、彼女は実の祖母にあらずして、生に対してはママ祖母たる人なればなり。生の天性は不覊磊落我儘ふきらいらくわがまま気随なるに、のやかましき祖父と、我が利益には余り心配せぬ祖母との間に養育せられたるなれば、ここに生が淡泊なる小児思想は或る奸曲かんきょくなるむずかしき想像心にからまれて、物事に考深き性情を作りたるの事実は決しておおべからざるところなりとす。その頃、生の最も好みたる小説は、楠公なんこう三代記、漢楚かんそ軍談、三国士等にして、日夜是等の小説を手離すこと能わざりし程なりき。又、生の最も喜びたる遊戯は多数の児童を集めて軍事いくさごとを真似ることにて有りし。生は常に自ら軍師となりて、進退運転をつかさどりたり。是等の遊戯は、わがやかましき祖父の最も厳禁する所にてありしにも関わらず、清く快き浜辺の砂上に集まりて、彼処かしこの堤是処の丘を城堡じょうほうと定め、伏兵を隠す可き場所をも見極めて、軍略をめぐらし知勇を奮い、砂礫こいしを飛して銃丸に代え長短の棒片ぼうきれ刀槍とうそうを代用せり。此遊戯はすなわち生の祖父に対する不平を慰すべき単なる快楽にえありけり。然れども、これ以て全く生を慰むるに足らずして、鬱々怏々として月日を過ごしたれば、生は最も甚だしき癇癖かんべきの人物となり、又極めて涙もろく、考えつめてはなかなかに癒すべくもあらぬコマリモノと成りたることも亦明またあきらかならん。

「何かにつけて、生は涙をこぼすこと多かりし。又、口惜しくてたまらぬ時は、殆んど正体なく泣き狂えり。

表記等について

  1. 読みやすさを優先し、原則として旧仮名遣いを新仮名遣いに改めるほか常用漢字表の新字体を使用するが、原文に文語文がある場合はそのかぎりではない。
  2. 常用漢字表にない漢字、当て字、異字は初出時に振り仮名を付ける。
  3. 難読語で原文を損なうおそれが少ないと思われるものについては仮名に改める。
  4. 振り仮名はブラウザによって表示が異なる。ChromeとInternet Explorerでは文字の上に振り仮名が振られる「ルビ表示」となるが、Firefoxでは文字の後に()で表示される。文字を強調する傍点は、FirefoxとInternet Explorerでは太字で表示される。
  5. ITmedia 名作文庫は、散文作品(小説、随筆、評論、日記等)を主体とする。なるべく初刊本に近いものを底本に選び、全集等、先人たちの校訂を参照する。著者の死後50年を過ぎた作品群の中には、21世紀の今日の観点からみると、差別を始めとした不適切な表現ないしは同表現ととられかねない箇所が見受けられることがあるが、原文の歴史的価値を鑑みて底本どおりとする。

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春

「若菜集」「千曲川のスケッチ」「破戒」「夜明け前」などで知られる詩人・小説家の島崎藤村が1908年4月から8月まで東京朝日新聞に連載した新聞小説です。同年10月に「緑蔭叢書第弐篇」として自費出版されました。浪漫主義の雑誌『文学界』の同人たちをモデルに、明治時代中期を舞台にした青春小説です。キリスト教の洗礼を受け、恋愛や新しい芸術思想について語りあう楽しい仲間、辛い仕事と没落していく家という現実、その狭間に置かれて悩みながらも自立を図っていこうとする若者たちを、主人公の「岸本捨吉」を中心に描きます。モデルは、藤村自身が岸本捨吉、北村透谷が青木駿一、平田禿木が市川仙太、戸川秋骨が菅時三郎、馬場孤蝶が足立弓夫、星野天知と星野夕影兄弟が岡見兄弟。藤村の「若菜集」発表前夜の物語です。田山花袋の「生」と同時期に新聞連載が始まったこともあり、世間は、事実をありのままに描き真実に迫ろうとする二人の「自然主義作家」に注目しました。ITmedia 名作文庫では、(緑蔭叢書版を底本とした)「島崎藤村全集第5巻」(筑摩書房、1966年5月10日発行)を底本に、2010年の常用漢字改定に照らし合わせ、現代仮名遣いへ改めました。常用外漢字と当て字にはルビを振り読みやすくしています。(近日刊行予定)