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春:七十八 (1/2)

 老先生の家を辞して、岸本が学校の方へ引き返した頃は、生徒の父兄も大分集まって来ていた。娘自慢と言ったように親達は、その日を晴れと着飾った子の後にいて、各教場を見回るのもある。廊下の白壁のところには仲の好い友達同志が並んで立って、何となく名残惜しそうな顔付きをしているのもある。姉妹のように手を引き合って、威勢よく寄宿舎の方へ通うものもある。その日の卒業生は、普通科二十人ばかり。高等科四人。勝子もその四人のうちに加わっていた。

 男の書生の卒業とは違って、学校を出れば直に丸髷まるまげに成る人もあろうという娘達のことだから、こういう若い人々の卒業は何となく青春の時代に別れて行くような趣がある。早く卒業して親達のもとへ帰りたいと言う人はすくない。心細いような不安の念は多くの卒業生の胸の中にある。彼等はいずれも母校を去りかねている。

 市川は菅に誘われて、一緒に池の端からやって来た。清之助は伝馬町でんまちょうから来た。こういう晴れの場所となると、清之助の服装が殊に眼につく。彼は、市川が高等学校の制服でいるにひきかえ、羽織はかまで隆としてやって来た。

 図らず連中はこの学校で一緒に成った。庭へ向いた教員室の窓のところで、互いに顔を合わせて見ると、青木の見えないのが物足りない。あの吉原あたりの会合で聞いた青木の笑顔を、こういう場所で聞くことが出来たら、と岸本は思った。その日卒業する若い人々はいずれも青木の教えを受けた生徒である。

「青木君はどうしたろう」こう市川が言い出した。

「さあ、訪ねて行って好いんだかわからないものだから」と岸本は眉をひそめる。

「細君はなるべく客に逢わせないような方針を執ってるネ」と菅が言った。

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春

「若菜集」「千曲川のスケッチ」「破戒」「夜明け前」などで知られる詩人・小説家の島崎藤村が1908年4月から8月まで東京朝日新聞に連載した新聞小説です。同年10月に「緑蔭叢書第弐篇」として自費出版されました。浪漫主義の雑誌『文学界』の同人たちをモデルに、明治時代中期を舞台にした青春小説です。キリスト教の洗礼を受け、恋愛や新しい芸術思想について語りあう楽しい仲間、辛い仕事と没落していく家という現実、その狭間に置かれて悩みながらも自立を図っていこうとする若者たちを、主人公の「岸本捨吉」を中心に描きます。モデルは、藤村自身が岸本捨吉、北村透谷が青木駿一、平田禿木が市川仙太、戸川秋骨が菅時三郎、馬場孤蝶が足立弓夫、星野天知と星野夕影兄弟が岡見兄弟。藤村の「若菜集」発表前夜の物語です。田山花袋の「生」と同時期に新聞連載が始まったこともあり、世間は、事実をありのままに描き真実に迫ろうとする二人の「自然主義作家」に注目しました。ITmedia 名作文庫では、(緑蔭叢書版を底本とした)「島崎藤村全集第5巻」(筑摩書房、1966年5月10日発行)を底本に、2010年の常用漢字改定に照らし合わせ、現代仮名遣いへ改めました。常用外漢字と当て字にはルビを振り読みやすくしています。(近日刊行予定)