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春:七十五 (1/2)

紈袴不餓死がんこがしせず 儒冠多誤身じゅかんおおくみをあやまる
丈人試静聴じょうじんこころみにしずかにきけ 賤子請具陳せんしこうつぶにのべん
甫昔少年日ほむかししょうねんのひ 早充観国賓はやくかんこくのひんにあてらる
読書破万巻どくしょまんがをはし 下筆如有神ふでをくだせばしんあるがごとし
賦料楊雄敵ふははかるようゆうのてきなりと 詩看子建親しはみるしけんがしんなるを
李邕求識面りようおもてをしらんことをもとめ 王翰願卜隣おうかんとなりをぼくせんことをねがう
自謂頗挺出みずからおもえらくすこぶるていしゅつして 立登要路津たちどころにようろのしんにのぼり
致君堯舜上きみをぎょうしゅんのかみにいたし 再使風俗淳ふたたびふうぞくをしてじゅんならしめんと
此意竟蕭条このいついにしょうじょうたり 行歌非隠淪こうかいんりんにあらず
騎驢十三載きろじゅうさんさい 旅食京華春りょしょくすけいかのはる
朝扣富児門あしたにふうじんのもんをたたき 暮随肥馬塵くれにはひばのちりにしたがう
残盃与冷炙ざんぱいとれいしゃと 到処潜悲辛いたるところひそかにひしんす
主上頃見微しゅじょうこのごろめさる 歘然欲求伸かつぜんとしてのびんことをもとめんとほっす
青冥却垂翅せいめいかえってつばさをたる 蹭蹬無縦鱗そうとうとしてうろこをほしいままにするなし
甚愧丈人厚はなはだはずじょうじんのあつきに 甚知丈人真はなはだしるじょうじんのしんなるを
毎於百寮上つねにひゃくりょうのうえにおいて 猥誦佳句新みだりにかくのあらたなるをしょうす
窃効貢公喜ひそかにこうこうのきにならう 難甘原憲貧げんけんがひんにあまんじがたし
焉能心怏々いずくんぞよくこころおうおうとして 祇是走踆踆ただこれはしつてしゅんしゅんたらん
今欲東入海いまひがしのかたうみにいらんとほっして 即将西去秦すなわちまさににしのかたしんをさらんとす
尚憐終南山なおあわれむしゅうなんざん 回首清渭浜こうべをめぐらすせいいのひん
常擬報一飯つねにいつぱんにむくいんとぎす 況壊辞大臣いわんやだいじんをじするをおもうをや
白鴎波浩蕩はくおうなみこうとうたり 万里誰能馴ばんりたれかよくならさん

 よくこういう吟声が部屋の一隅で起こった。力のある、感情に富んだ足立の声は、この詩を吟ずるに適していた。市川や岸本も一緒に成って、足立の声に調子を合わせることも有った。

 時のつということをこの池の端の宿では忘れさせる程であった。暖かい雨が降って来て、窓の外の木も復活いきかえるように見れる頃には、ここへ集まって来る連中の心も共に発達した。就中なかんずく年少としわかな手合は、自分達がどうなるということを考える暇も無い位で、ただただ若々しい生命いのちを楽しもうとしたのであった。市川なぞはもう酔うように成ってしまった。彼は学校の日課を捨てて顧みなかった。

 さすがに思慮の深い市川は、雷でも来てつかめとまでもがいている菅の顔を眺めると、

「冷静なる判断、冷静なる判断」

 と力を入れて言った。

「君にはその冷静なる判断があるよ」

 と菅が言って、互いに考え深い眼付きをした。彼等は胸壁むないたいて湧き上がって来るような、活々いきいきとした内部なかの生気に押されて、それをいかんともすることが出来なかったのである。

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春

「若菜集」「千曲川のスケッチ」「破戒」「夜明け前」などで知られる詩人・小説家の島崎藤村が1908年4月から8月まで東京朝日新聞に連載した新聞小説です。同年10月に「緑蔭叢書第弐篇」として自費出版されました。浪漫主義の雑誌『文学界』の同人たちをモデルに、明治時代中期を舞台にした青春小説です。キリスト教の洗礼を受け、恋愛や新しい芸術思想について語りあう楽しい仲間、辛い仕事と没落していく家という現実、その狭間に置かれて悩みながらも自立を図っていこうとする若者たちを、主人公の「岸本捨吉」を中心に描きます。モデルは、藤村自身が岸本捨吉、北村透谷が青木駿一、平田禿木が市川仙太、戸川秋骨が菅時三郎、馬場孤蝶が足立弓夫、星野天知と星野夕影兄弟が岡見兄弟。藤村の「若菜集」発表前夜の物語です。田山花袋の「生」と同時期に新聞連載が始まったこともあり、世間は、事実をありのままに描き真実に迫ろうとする二人の「自然主義作家」に注目しました。ITmedia 名作文庫では、(緑蔭叢書版を底本とした)「島崎藤村全集第5巻」(筑摩書房、1966年5月10日発行)を底本に、2010年の常用漢字改定に照らし合わせ、現代仮名遣いへ改めました。常用外漢字と当て字にはルビを振り読みやすくしています。(近日刊行予定)