» 公開

春:七十四 (1/1)

 足立が山の日記もここで読まれた。「我は友の叔母君に逢うぬ」と彼はその中に書いた。「の君は流石に世の鹹味かんみをは嘗め給いし人なれば、いと深き思いやりもありてその語ろうところもすこぶる着実なり。されど未だ何処いずこにかに、儒教的の思想あれば、恋という事の真の味をば解し給わぬさまなり。我はさまざまに友の為に弁じぬ。叔母君は只管ひたすらに驚きて居給いしが、ようやく友の表情をば酌み取り給いけぬ、彼の少女おとめをは角に見ぬと言い給いぬ。友は何時も簡単に言いしのみにや有りけむ。叔母君は我話にて始めて事情をつまびらかにしたりと言いぬ。我はなお、友の心は必ずしも少女の形骸を得ずんば満足せじというにあらずして、彼の女の霊性を未だけがれざるに救うに有るよしを言いぬ。又、恋とは他性の内部に己を見い出すことにして、人間の真価はこの内部の人の如何いかんによりて定まるべきよしをも、ことわりぬ。かかることは、物堅き刀自とじの心を引きけむか、いと覚束おぼつかなきことなり。二十九日。夜の叔母君を訪いぬ。刀自は、君という少女をは此方こなたに迎うるはよろしからずと言い給いぬ。我は、まこと彼の少女は野に咲きいでし花の、色も香もなきは、君の言い給うごとく、当世の淑女方のみこころにかなわざるべし。されど人間の真価は外面のみにては判じ難からむ。人間の位も、学も、たからも衣服も、容姿の美も、みななげうちて後さて残る者はなにかあるべし。この純の純なる物こそ、真の内部の人間なれと思うなり。ここに於いては、貴人あてびとしずが身何の変わりたる所あるべき。此度の事はしも、物堅き御身には、何事も皆浮かれたる心の筋と見給うもことわりならずはし難けれど、これまで人の模範ともなし給いしおい君のくまでに思い詰め給うこと、よくよく苦しき事なるべしと思うなり。さて又、君は、甥君の偶然彼の女を見て、瞬時に感ぜしをいやにみ給えど、人間の霊火は瞬時に発し、瞬時にして減するものなり。彼の天来の活火は、かすかなる心緒の導火線をたどりて、瞬間に真天地の光明をば人の内部に伝う。時を要するは此の導火線の準備にこそあらめ。活火激発の機は必ず瞬時ならざるべからず、いないなその瞬時ならむ事こそ、かえりてとうとからめ。又、君は一時の情にすぎねば、世間並に時日を経過せば、容易たやすく冷却すべしと言えども、そも恋は一時の仮情ならねば、時を経、日を過す程に、今は全く精神全体の働きとなり、一個の主義に固定し、ついにその目的を得ざればまず、ますます激甚に突進するものなり。君は今恋とは斯る者なり、彼が情は斯くならんと、みだりに急速なる妄断を下し給うて、後にいたりて悔い給うことなからずや。そもや、男子一度ひとたび斯くと心に定めし事、千引ちびきいわにあらずともころばし得可きためしあらんや。我は死なば共にと思う友の、後々孤独の生涯を送るさまの、今もなおありありと我が眼に映る心地のすれば、後にいたりて悔いざるまで、君に告げではまじ。叔母君。さらば人間というものを、広き点より観察して、後来如何なる結果を来すかを実験する為に、わざと是事件を破りてはいかに。飛び来る蝶のいずれの花の枝に止まるかを見る如き心にてあれば、これいと容易き事なるべし。我。いないな、我はさる事は得せじ。斯る冷淡なる、無惨むざんなる心は、我持つ事をだにずる所なり。我は彼の君の心の動かし難きを信ずれば、今更実験の必要を認めず。知れぬ事を見出す為に実験には己れの生命を犠牲にするをもいとわねど、古来より人の心の動かし難きためし多かるを疑いて、一人の愛友を精神的に殺害せんとは、あまりに無情ならんと思うなり。我はさる刻薄なる禍心かしんを蔵せず。我は水に溺るる人の死す可きを知るが故に、これを証せむとて、ことさらに、友をば水中におとさむとするのを愚を学ばざるべし。我胸はいといと狭し。この故に斯る無情の心をるるの余地を有せず。ああ、君もし今此事を破りて、後来の不幸を恢復かいふくするの心算にもあれば、そはいといみじきり誤りならむ。君は慈愛の心に富み給えり。されど、君は甥君の情をは酌み誤まり給えりとこそ見ゆれ」

 足立の友情はこの日記の一節にもよく表れていた。

1

表記等について

  1. 読みやすさを優先し、原則として旧仮名遣いを新仮名遣いに改めるほか常用漢字表の新字体を使用するが、原文に文語文がある場合はそのかぎりではない。
  2. 常用漢字表にない漢字、当て字、異字は初出時に振り仮名を付ける。
  3. 難読語で原文を損なうおそれが少ないと思われるものについては仮名に改める。
  4. 振り仮名はブラウザによって表示が異なる。ChromeとInternet Explorerでは文字の上に振り仮名が振られる「ルビ表示」となるが、Firefoxでは文字の後に()で表示される。文字を強調する傍点は、FirefoxとInternet Explorerでは太字で表示される。
  5. ITmedia 名作文庫は、散文作品(小説、随筆、評論、日記等)を主体とする。なるべく初刊本に近いものを底本に選び、全集等、先人たちの校訂を参照する。著者の死後50年を過ぎた作品群の中には、21世紀の今日の観点からみると、差別を始めとした不適切な表現ないしは同表現ととられかねない箇所が見受けられることがあるが、原文の歴史的価値を鑑みて底本どおりとする。

この作品が収録されている電子書籍を読む

春

「若菜集」「千曲川のスケッチ」「破戒」「夜明け前」などで知られる詩人・小説家の島崎藤村が1908年4月から8月まで東京朝日新聞に連載した新聞小説です。同年10月に「緑蔭叢書第弐篇」として自費出版されました。浪漫主義の雑誌『文学界』の同人たちをモデルに、明治時代中期を舞台にした青春小説です。キリスト教の洗礼を受け、恋愛や新しい芸術思想について語りあう楽しい仲間、辛い仕事と没落していく家という現実、その狭間に置かれて悩みながらも自立を図っていこうとする若者たちを、主人公の「岸本捨吉」を中心に描きます。モデルは、藤村自身が岸本捨吉、北村透谷が青木駿一、平田禿木が市川仙太、戸川秋骨が菅時三郎、馬場孤蝶が足立弓夫、星野天知と星野夕影兄弟が岡見兄弟。藤村の「若菜集」発表前夜の物語です。田山花袋の「生」と同時期に新聞連載が始まったこともあり、世間は、事実をありのままに描き真実に迫ろうとする二人の「自然主義作家」に注目しました。ITmedia 名作文庫では、(緑蔭叢書版を底本とした)「島崎藤村全集第5巻」(筑摩書房、1966年5月10日発行)を底本に、2010年の常用漢字改定に照らし合わせ、現代仮名遣いへ改めました。常用外漢字と当て字にはルビを振り読みやすくしています。(近日刊行予定)