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春:七 (1/2)

 青木は瞑想めいそう的な眼付きをしながら、若い友達の談話はなしに耳を傾けた。彼が今、背負しょっている重荷は、ってたかってひとから無理に背負わせられたようなものではない。彼の早い結婚は決して強いられた儀式ではなかった。細君のみさおを迎えるに就いては老親は寧ろ反対した位である。操は実に彼の恋女房である。二人が耶蘇ヤソの会堂へ急いで、そこで結婚の指揮を挙げる前、いかに相思の情のこまやかであったかということは、こう青木が白状しているので知れる。

「もしが彼女に会わぬ前の事を思えば、わびしげなる野中の松に風の当たり易きがごとく、世の事物に感触すること多かりし。彼女の情を得たる後は、物として春の色を帯びざるはなく、自ら怪しみてかすみの中に入りたるかと思わるる程に、苦くつらく面白からぬ物に隔たりて、甘く美しく優しき物にのみ近かづきぬ。肥え太りたる駒にうち乗りて、春の野に遠乗りしたる時、菜の花の朝日に照りかがやきたるあぜを過ぎて、緩々ゆるゆると流るる小河の岸に駒を立てたる心持ちは――この恋の真味なり」

 恋愛は剛愎ごうふくな青木を泣かせた程の微妙な音楽であった。この世にいた物と言えば、名でも、富でも、栄花でも、一切希望のぞみを置かないと言ったような、一徹無垢むくな量見から、実世界よのなかの現象ことごと仮偽いつわりであるとまで観じたほどの少壮としわかな青木ではあったが、ただ一つ彼の眼中に仮偽いつわりでないと見える物は恋愛であった。彼のように恋愛の思想を重んじ、またそれをはばからず発表したものも少なかろう。彼に言わせると、恋愛は人世の秘鑰ひやくである、恋愛あって後に人世がある、恋愛をき去った日には人生何の色も味も無い――

表記等について

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  5. ITmedia 名作文庫は、散文作品(小説、随筆、評論、日記等)を主体とする。なるべく初刊本に近いものを底本に選び、全集等、先人たちの校訂を参照する。著者の死後50年を過ぎた作品群の中には、21世紀の今日の観点からみると、差別を始めとした不適切な表現ないしは同表現ととられかねない箇所が見受けられることがあるが、原文の歴史的価値を鑑みて底本どおりとする。

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春

「若菜集」「千曲川のスケッチ」「破戒」「夜明け前」などで知られる詩人・小説家の島崎藤村が1908年4月から8月まで東京朝日新聞に連載した新聞小説です。同年10月に「緑蔭叢書第弐篇」として自費出版されました。浪漫主義の雑誌『文学界』の同人たちをモデルに、明治時代中期を舞台にした青春小説です。キリスト教の洗礼を受け、恋愛や新しい芸術思想について語りあう楽しい仲間、辛い仕事と没落していく家という現実、その狭間に置かれて悩みながらも自立を図っていこうとする若者たちを、主人公の「岸本捨吉」を中心に描きます。モデルは、藤村自身が岸本捨吉、北村透谷が青木駿一、平田禿木が市川仙太、戸川秋骨が菅時三郎、馬場孤蝶が足立弓夫、星野天知と星野夕影兄弟が岡見兄弟。藤村の「若菜集」発表前夜の物語です。田山花袋の「生」と同時期に新聞連載が始まったこともあり、世間は、事実をありのままに描き真実に迫ろうとする二人の「自然主義作家」に注目しました。ITmedia 名作文庫では、(緑蔭叢書版を底本とした)「島崎藤村全集第5巻」(筑摩書房、1966年5月10日発行)を底本に、2010年の常用漢字改定に照らし合わせ、現代仮名遣いへ改めました。常用外漢字と当て字にはルビを振り読みやすくしています。(近日刊行予定)