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春:五十七 (1/2)

 公園の木の葉は多く枯れ落ちていた。市川と青木の二人は、東照宮のもりについて暗い木立の間を通り抜けた。やがて広い道路みちへ出た。

 二人は並んで歩いた。話は他の友達のうわさで持ち切った。岸本はあの通り手傷を負って帰って来る。菅は菅で、他の友達までも静かにさしては置かないような状態ありさまに在る。

 青木は菅のことが気懸かりでならなかった。彼は市川から、菅のやるせない思いを聞き取った。市川に言わせると、あの友達の怪しい病はますます激しく成っている。足立もまた、山の方に心を引かされることが有って、まあ相憐あいあわれむと言ったようなところから、一方では友達を慰める、一方では身元調べに山までも出張する、そんな風にして尽力した結果、今では親の方でもさしたる故障が無いということまで突き留めた。ここに一つの難関というは、麹町の叔母が不同意である。純粋無垢むくな菅の真情と、友達思いの足立が熱心とですら、この人の心を動かすことが出来ない。こう市川は話し話し歩いた。

「なにしろ、この叔母さんという人がなかなかの難物なんです。もっとも、叔母さんも――時三郎のは、普通の浮いた心でするのとは違うようだ、とそういってはいるそうですがね」

 と市川が附添つけたして言った。

 こんな話をして行くうちに、二人は雑然ごちゃごちゃ並んで生えている古い常磐木ときわぎの下に立った。高いところからは暗い葉が垂れ下がっている。その木と木の間を通して、不忍しのばずの池が見える。枯れ枯れとしたはすの葉の残った光景さまも見える。下谷から本郷台へかけて、対岸の町々は夕方の明るい色の中にあった。

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春

「若菜集」「千曲川のスケッチ」「破戒」「夜明け前」などで知られる詩人・小説家の島崎藤村が1908年4月から8月まで東京朝日新聞に連載した新聞小説です。同年10月に「緑蔭叢書第弐篇」として自費出版されました。浪漫主義の雑誌『文学界』の同人たちをモデルに、明治時代中期を舞台にした青春小説です。キリスト教の洗礼を受け、恋愛や新しい芸術思想について語りあう楽しい仲間、辛い仕事と没落していく家という現実、その狭間に置かれて悩みながらも自立を図っていこうとする若者たちを、主人公の「岸本捨吉」を中心に描きます。モデルは、藤村自身が岸本捨吉、北村透谷が青木駿一、平田禿木が市川仙太、戸川秋骨が菅時三郎、馬場孤蝶が足立弓夫、星野天知と星野夕影兄弟が岡見兄弟。藤村の「若菜集」発表前夜の物語です。田山花袋の「生」と同時期に新聞連載が始まったこともあり、世間は、事実をありのままに描き真実に迫ろうとする二人の「自然主義作家」に注目しました。ITmedia 名作文庫では、(緑蔭叢書版を底本とした)「島崎藤村全集第5巻」(筑摩書房、1966年5月10日発行)を底本に、2010年の常用漢字改定に照らし合わせ、現代仮名遣いへ改めました。常用外漢字と当て字にはルビを振り読みやすくしています。(近日刊行予定)