» 公開

春:四十 (1/2)

「御泊まりになりませんか」暗闇からちょこちょこと出て来てこんなことを言う人が有った。声は老婆ばあさんだ。星明かりに岸本の方を透かして見て、宿賃は七銭だが泊まらないか、としきりに勧める。偶然にも、岸本の左のたもとから十銭銀貨一つ出て来た。それだけ有れば、一晩泊めて、風呂に入れて、朝の飯だけ炊いてくれるという。この約束で、岸本は導かれて行った。

 炉には火が燃やしてあった。無い無いとばかり思っていた金銭かねが――仮令たとい十銭でも――出て来た御陰で、思いがけなく岸本は木賃宿に泊まることが出来たのである。手拭いに附着くッついた飯粒を汚い風呂場で洗い落として、僅かに一日の疲労つかれを忘れた頃は、最早もはやガッカリしてしまった。彼は明日のことなどを考えていられなかった。天井の低い二階、古新聞で張り詰めた壁、細く暗いカンテラの光、それから幾人いくたりの貧しい旅人がその上に枕して眠ったかと思われるような、冷たい、垢染あかじみた木片きぎれ臭気におい――何もかも、一夜をひとの軒下で震え明かすから見れば、どうして苦に成るどころでは無い。部屋には外に客も無かった。彼はず寝床の上に大の字になりにふんぞりかえった。「アア、草臥くたびれた」と心から疲れたような、放擲ほうりだしたような声が思わず知らずに出た。妙なものと、それだけで、そんなことでも言って呻吟うなっていると、それだけ楽に成るような気がした、蒲団ふとんは薄いのが一枚しか無い。彼はその中にくるまって、柏餅かしわもちのように成って寝た。

 翌朝、岸本は急がしそうにこの宿をった。しかして前の日と同じ方角を指して歩いて行った。眼前めのまえには種々いろいろな光景がひらけないでもなかったが、判然はっきりと心に映るものは少なかった。彼は、今までに何里歩いたかということも知らなければ、今何処どこを歩いているかということも知らない。こんな調子で、とぼとぼと辿たどって行くうちに、昼過ぎに成っても食う物は無かった。その時は最早、親兄弟は言うに及ばず、友達とも遠く離れた。たまに途中でう人は知らない他人ばかりである。ついには歩き疲れて、自分の身体からだ路傍みちばたの土の上へ投げ出すように成った。

表記等について

  1. 読みやすさを優先し、原則として旧仮名遣いを新仮名遣いに改めるほか常用漢字表の新字体を使用するが、原文に文語文がある場合はそのかぎりではない。
  2. 常用漢字表にない漢字、当て字、異字は初出時に振り仮名を付ける。
  3. 難読語で原文を損なうおそれが少ないと思われるものについては仮名に改める。
  4. 振り仮名はブラウザによって表示が異なる。ChromeとInternet Explorerでは文字の上に振り仮名が振られる「ルビ表示」となるが、Firefoxでは文字の後に()で表示される。文字を強調する傍点は、FirefoxとInternet Explorerでは太字で表示される。
  5. ITmedia 名作文庫は、散文作品(小説、随筆、評論、日記等)を主体とする。なるべく初刊本に近いものを底本に選び、全集等、先人たちの校訂を参照する。著者の死後50年を過ぎた作品群の中には、21世紀の今日の観点からみると、差別を始めとした不適切な表現ないしは同表現ととられかねない箇所が見受けられることがあるが、原文の歴史的価値を鑑みて底本どおりとする。

この作品が収録されている電子書籍を読む

春

「若菜集」「千曲川のスケッチ」「破戒」「夜明け前」などで知られる詩人・小説家の島崎藤村が1908年4月から8月まで東京朝日新聞に連載した新聞小説です。同年10月に「緑蔭叢書第弐篇」として自費出版されました。浪漫主義の雑誌『文学界』の同人たちをモデルに、明治時代中期を舞台にした青春小説です。キリスト教の洗礼を受け、恋愛や新しい芸術思想について語りあう楽しい仲間、辛い仕事と没落していく家という現実、その狭間に置かれて悩みながらも自立を図っていこうとする若者たちを、主人公の「岸本捨吉」を中心に描きます。モデルは、藤村自身が岸本捨吉、北村透谷が青木駿一、平田禿木が市川仙太、戸川秋骨が菅時三郎、馬場孤蝶が足立弓夫、星野天知と星野夕影兄弟が岡見兄弟。藤村の「若菜集」発表前夜の物語です。田山花袋の「生」と同時期に新聞連載が始まったこともあり、世間は、事実をありのままに描き真実に迫ろうとする二人の「自然主義作家」に注目しました。ITmedia 名作文庫では、(緑蔭叢書版を底本とした)「島崎藤村全集第5巻」(筑摩書房、1966年5月10日発行)を底本に、2010年の常用漢字改定に照らし合わせ、現代仮名遣いへ改めました。常用外漢字と当て字にはルビを振り読みやすくしています。(近日刊行予定)