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春:十七 (1/3)

 こう顔がそろったことは元箱根以来である。あの吉原の会合あたりには至極平穏おだやかに聞こえた菅の笑い声が、今は活気と苦痛くるしみとを帯びて来た。そればかりでもこの二階に集まった連中の感想かんじが違う。まして足立という新顔が見える。岸本は東北の方へ行こうとしている。

「青木君」と市川が言い出す。「最早もう国府津の方へお引っ越しでしたか」

「ええ、この一日いちじつ」と青木はすこしあおざめて、「弟も一緒に行く、うちやつの妹も出掛ける、複雑な旅行でしたよ」

「青木君もよく引っ越して歩く人さネ。僕が覚えてから四度目だぜ」と菅は思い出したように笑った。

「学校の方はどうするんですか」と市川は心配そうに聞いて見る。

「汽車で通うサ」と青木は答えた。

「そいつは大変だねえ」

「ナニ、君、時間割の都合をしてもらえば、三日で済む――そんなに困難なことでもないよ」

 と言って、青木は柱に寄り掛かったが、急にその柱を離れて肩をゆすった。彼は疲労に抵抗しようとしているらしく見えた。

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  5. ITmedia 名作文庫は、散文作品(小説、随筆、評論、日記等)を主体とする。なるべく初刊本に近いものを底本に選び、全集等、先人たちの校訂を参照する。著者の死後50年を過ぎた作品群の中には、21世紀の今日の観点からみると、差別を始めとした不適切な表現ないしは同表現ととられかねない箇所が見受けられることがあるが、原文の歴史的価値を鑑みて底本どおりとする。

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春

「若菜集」「千曲川のスケッチ」「破戒」「夜明け前」などで知られる詩人・小説家の島崎藤村が1908年4月から8月まで東京朝日新聞に連載した新聞小説です。同年10月に「緑蔭叢書第弐篇」として自費出版されました。浪漫主義の雑誌『文学界』の同人たちをモデルに、明治時代中期を舞台にした青春小説です。キリスト教の洗礼を受け、恋愛や新しい芸術思想について語りあう楽しい仲間、辛い仕事と没落していく家という現実、その狭間に置かれて悩みながらも自立を図っていこうとする若者たちを、主人公の「岸本捨吉」を中心に描きます。モデルは、藤村自身が岸本捨吉、北村透谷が青木駿一、平田禿木が市川仙太、戸川秋骨が菅時三郎、馬場孤蝶が足立弓夫、星野天知と星野夕影兄弟が岡見兄弟。藤村の「若菜集」発表前夜の物語です。田山花袋の「生」と同時期に新聞連載が始まったこともあり、世間は、事実をありのままに描き真実に迫ろうとする二人の「自然主義作家」に注目しました。ITmedia 名作文庫では、(緑蔭叢書版を底本とした)「島崎藤村全集第5巻」(筑摩書房、1966年5月10日発行)を底本に、2010年の常用漢字改定に照らし合わせ、現代仮名遣いへ改めました。常用外漢字と当て字にはルビを振り読みやすくしています。(近日刊行予定)