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春:百二十一 (1/2)

 空は明るくても、心は暗かった。ロハ台を離れて、天神の境内から切通坂の方へ行こうとすると、石段を下りきったところに、人の背よりは低い石の柱がある。かねてすりはそこで止まっている、そこでも彼は冷たい石の柱に寄り掛かりながら、往来ゆききの人を眺め佇立ただずんだ。そこは本郷台から下谷の方へ落ちている傾斜の尽きようとするところで、熱い日のあたった坂道が眼の前に見られる。重そうな荷車は幾台か彼の前を通る。中には、足に力を入れて、ウンウンと言いながら前の方から豆腐の滓渣しぼりかすを引いて行くのもあれば、その荷車の後へ頭を押し付けて、声も掛けずに押し上げるのも有った。

 青く光る空には、熱をった白い夏雲が浮かんでいる。それを見ても岸本は別に面白くもおかしくも思わなかった。切通坂の下まで行くと、町の右角に井戸があって、釣瓶つるべに口をつけながらガブガブ飲んでいる男がある。そんな、汗ダラダラ流した労働者が、かえって彼の眼に映った。

 坂の左側を占領するやしきのところには、その外廓そとぐるわ囲繞とりまく石の溝がある。塵埃除ほこりよけの樹木はそこにすずしい影を落としている。そのかしや柳の下には、ロハ台で見たとはまた全く別の階級の人々が集まっている。すくなくもロハ台に腰掛けて考え込んでいるような手合いには、「これからどうしよう」と言ったような顔付きの者が多い。この石の溝へ来て並んでいるものは、「これからどうしよう」位の連中ではなかった。第一、そんなところにそんな人達が集まっているということすら、今まで岸本は気が着かずにいたのである。

「オイオイ妙な男がそこへ来て立ったぜ」と白髪を短く刈った、前歯の抜けた隠居が岸本の方を眺めながら、隣の男にささやいて聞かせた。

「恐ろしく顔色の悪い亡者もうじゃだなア」と隣の男は、そこいらに落ちている縄のきれを拾って、それで煙管きせる雁首がんくびを磨きながら囁き返した。

「悪くすると池へ飛び込むよ」とまた一人の男が土塵つちぼこりにまみれた草鞋穿わらじばきの足を投げ出しながら囁いた。

「ははははは」

 嘲るような笑声が一斉に起こった。この笑声は岸本にも聞こえた。もっとも石の溝に腰掛けている連中は何を笑ったかわからないような風に笑った。

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春

「若菜集」「千曲川のスケッチ」「破戒」「夜明け前」などで知られる詩人・小説家の島崎藤村が1908年4月から8月まで東京朝日新聞に連載した新聞小説です。同年10月に「緑蔭叢書第弐篇」として自費出版されました。浪漫主義の雑誌『文学界』の同人たちをモデルに、明治時代中期を舞台にした青春小説です。キリスト教の洗礼を受け、恋愛や新しい芸術思想について語りあう楽しい仲間、辛い仕事と没落していく家という現実、その狭間に置かれて悩みながらも自立を図っていこうとする若者たちを、主人公の「岸本捨吉」を中心に描きます。モデルは、藤村自身が岸本捨吉、北村透谷が青木駿一、平田禿木が市川仙太、戸川秋骨が菅時三郎、馬場孤蝶が足立弓夫、星野天知と星野夕影兄弟が岡見兄弟。藤村の「若菜集」発表前夜の物語です。田山花袋の「生」と同時期に新聞連載が始まったこともあり、世間は、事実をありのままに描き真実に迫ろうとする二人の「自然主義作家」に注目しました。ITmedia 名作文庫では、(緑蔭叢書版を底本とした)「島崎藤村全集第5巻」(筑摩書房、1966年5月10日発行)を底本に、2010年の常用漢字改定に照らし合わせ、現代仮名遣いへ改めました。常用外漢字と当て字にはルビを振り読みやすくしています。(近日刊行予定)