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春:百八 (1/2)

「青木君が生きてたら、今頃は何をてるだろう」と市川は四方八方よもやまな雑談を続けた。

「さあ」と菅は受けて、「何を為てるだろう。新聞でもやってやしないか――しきりに新聞をやって見たいッて、そう言っていたからネ」

「それとも、ずっと芝居の方か」と市川が言う。

「ちょっと先生も困るだろうよ」と菅は考えて、やがて気を変えて、「足立君はあまり先生には感服していいないんだそうだ」

 岸本は黙って二人の談話はなしを聞いていたが、急にその時眼をみはった。彼はある物の閃光ひらめきに触れたような眼付きをした。而して何か思い出したように、嘆息した。

「そうかなあ」

 と彼は独語ひとりごとのように言っていた。

 床の間に立て掛けてあるシェレイの画像も、今は以前程の興味を引かないという風で、何となく後の方へ沈んだように見える。乱れた髪の毛、大きな眼、開けひろげた胸のあたり、としての欠点が眼に着く。画像は例の首をかしげて、三人の談話を聞いているかのようにも見える。

「福富君は矢張り文芸復興期ルネッサンスの研究ですか」と岸本が聞いて見た。

「福富君?」菅の眼は輝いた。「最早そんなところは通り越して居らあね」

「へえ」と岸本は間の抜けた調子で「何を先生は研究をしているんですか」

「ずっと希臘ギリシャサ」と菅が答えた。

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  5. ITmedia 名作文庫は、散文作品(小説、随筆、評論、日記等)を主体とする。なるべく初刊本に近いものを底本に選び、全集等、先人たちの校訂を参照する。著者の死後50年を過ぎた作品群の中には、21世紀の今日の観点からみると、差別を始めとした不適切な表現ないしは同表現ととられかねない箇所が見受けられることがあるが、原文の歴史的価値を鑑みて底本どおりとする。

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春

「若菜集」「千曲川のスケッチ」「破戒」「夜明け前」などで知られる詩人・小説家の島崎藤村が1908年4月から8月まで東京朝日新聞に連載した新聞小説です。同年10月に「緑蔭叢書第弐篇」として自費出版されました。浪漫主義の雑誌『文学界』の同人たちをモデルに、明治時代中期を舞台にした青春小説です。キリスト教の洗礼を受け、恋愛や新しい芸術思想について語りあう楽しい仲間、辛い仕事と没落していく家という現実、その狭間に置かれて悩みながらも自立を図っていこうとする若者たちを、主人公の「岸本捨吉」を中心に描きます。モデルは、藤村自身が岸本捨吉、北村透谷が青木駿一、平田禿木が市川仙太、戸川秋骨が菅時三郎、馬場孤蝶が足立弓夫、星野天知と星野夕影兄弟が岡見兄弟。藤村の「若菜集」発表前夜の物語です。田山花袋の「生」と同時期に新聞連載が始まったこともあり、世間は、事実をありのままに描き真実に迫ろうとする二人の「自然主義作家」に注目しました。ITmedia 名作文庫では、(緑蔭叢書版を底本とした)「島崎藤村全集第5巻」(筑摩書房、1966年5月10日発行)を底本に、2010年の常用漢字改定に照らし合わせ、現代仮名遣いへ改めました。常用外漢字と当て字にはルビを振り読みやすくしています。(近日刊行予定)