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春:百一 (1/2)

 二三日って、岸本が学校へ出て来て見ると、勝子の妹は午前だけ見えなかった。めいにあたる人も同じように休んだ。

 この人々の欠席は、勝子が盛岡へ向けてつということをそれとなく岸本に語った。その日は気紛れな風が吹いて来たかと思うと、パッタリ忘れたように静まってしまうような日であった。裏庭の垣根に咲き残っていた朝顔も最早小さく見えた。岸本は一日学校で暮らして、やがて課業の終わる頃、菅と二人ぎり教員室に残った。

「号外々々」

 と呼ぶ声は、振り鳴らす鈴の音と一緒に、時々往来の方で聞こえる。それを聞くとこう静止じっとしていられないような、悲壮な感想かんじを人の心に起こさせる。

「君にはだ話さなかったね」と菅は友達の顔を熟視みまもりながら、「ひょっとすると、僕は戦地へ行っちまうかも知れないよ」

 こういう菅の眼には不思議な輝きがあった。彼はある新聞社の知己を通して、通信員として出掛けたいと思い立った。この友達の急遽にわかな思い立が岸本の胸を打った。

「菅君は戦地に行って、もう帰って来ない積もりじゃないか」こんな風に思われる。

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  5. ITmedia 名作文庫は、散文作品(小説、随筆、評論、日記等)を主体とする。なるべく初刊本に近いものを底本に選び、全集等、先人たちの校訂を参照する。著者の死後50年を過ぎた作品群の中には、21世紀の今日の観点からみると、差別を始めとした不適切な表現ないしは同表現ととられかねない箇所が見受けられることがあるが、原文の歴史的価値を鑑みて底本どおりとする。

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春

「若菜集」「千曲川のスケッチ」「破戒」「夜明け前」などで知られる詩人・小説家の島崎藤村が1908年4月から8月まで東京朝日新聞に連載した新聞小説です。同年10月に「緑蔭叢書第弐篇」として自費出版されました。浪漫主義の雑誌『文学界』の同人たちをモデルに、明治時代中期を舞台にした青春小説です。キリスト教の洗礼を受け、恋愛や新しい芸術思想について語りあう楽しい仲間、辛い仕事と没落していく家という現実、その狭間に置かれて悩みながらも自立を図っていこうとする若者たちを、主人公の「岸本捨吉」を中心に描きます。モデルは、藤村自身が岸本捨吉、北村透谷が青木駿一、平田禿木が市川仙太、戸川秋骨が菅時三郎、馬場孤蝶が足立弓夫、星野天知と星野夕影兄弟が岡見兄弟。藤村の「若菜集」発表前夜の物語です。田山花袋の「生」と同時期に新聞連載が始まったこともあり、世間は、事実をありのままに描き真実に迫ろうとする二人の「自然主義作家」に注目しました。ITmedia 名作文庫では、(緑蔭叢書版を底本とした)「島崎藤村全集第5巻」(筑摩書房、1966年5月10日発行)を底本に、2010年の常用漢字改定に照らし合わせ、現代仮名遣いへ改めました。常用外漢字と当て字にはルビを振り読みやすくしています。(近日刊行予定)