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上田秋成の晩年(8) (1/2)

 夜も更け沈んだらしい。だみ声で耳の根にたたきつけるような南禅寺の鐘、すこし離れて追い迫る智恩院の鐘、遠くに並んできれいに澄む清水きよみず、長楽寺の鐘。寒さはいつの間にかすこしゆるんで、のろいひさしの点滴の音が、おちこちで鳴き出したふくろうの声の鳴き尻を叩いている。雨ではない。もやだ。それが戸の隙間から見えぬように忍び込んで行灯あんどんの紙をしめらしている。湯鑵の水はすっかりなくなって、ついでに火鉢の火の気も淡くなっている。

 秋成は、尽きぬ思い出にすっかり焦立いらだたさせられ、納まりかねる気持ちに引かえ、夜半過ぎて長閑のどかよどみさえ示して来たあたりの闇の静けさに、舌打ちした。==なにが、この俺がこどもに帰ったおきなか。求めるこころも愛憎も、人に負けまい、勝負のこころも、みんな生殺なまごろしのままで残されているではないか。身体が、周囲が、もう、それをさせなくなってしまったまでだ。もしそれをさせるなら俺は右の手にも左にもちび筆を引き握って、この物恋うこころ、説き伏せい願いを吐きに吐きつつ、しかも、未来永劫えいごういやされぬ人の姿のままで、生き延びるつもりだ。それを、そうはさせない身体よ、周囲よ、汝等なんじらはみな人殺しだぞ。人殺し! 人殺し! と秋成は、自分の身体に向け、あたりに向け、低いけれども太くて強い調子の声を吐きかけた。そして、今更、自分の老いを憎んだ。

 こうなったら、やぶれ、かぶれ、生きられるだけ生きてやろう。身体が足の先から死に、手の先から死にして行こうとも、最後に残った肋骨ろっこつ一本へでも、生きた気込みは残して見せようぞ――。考えがここまで来ると彼は不思議な落ち着きが出て来た。

 暁方あけがた近くらしいぬくい朝ぼらけを告ぐるようなとりの声が、距離不明の辺から聞こえて来た。彼はこの混濁した朝、茶を吞むことにとぼけたような興味を感じ出した。彼はまた湯鑵に新しく水を入れて来て火鉢の火を盛んにした。湯の沸く間に、彼は彼の唯一の愛玩あいがん品の南蛮なんばん製の茶瓶を膝に取り上げて畸形きけいの両手で花にでも触れるように、そっとでた。五官の老耄ろうもうした中で、感覚が一番確かだった。

 南禅寺の本部で経行が始まった。その声を聞きながら、彼は死んだ人の名を頭の中で並べた。年代順に繰って行って五年前、享和元年に友だちの小沢蘆庵が七十九歳で死に、仕事がたきの本居宣長が七十三で死んでいるところまで来ると彼は微笑してつぶやいた――生気地いくじなし奴等めらだ。

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鶴は病みき

歌人として有名だった岡本かの子の最初の小説集『鶴は病みき』(1936)の電子復刊です。表題作のほか、「渾沌未分」「敵(戯曲)」「豆腐買い」等、9編の短編を収録。信正社による初刊本を底本とし、伏せ字は実業之日本社版の「岡本かの子全集」を参照して補いました。2010年の常用漢字改定に照らし合わせ現代仮名遣いへ改めるとともに、常用外漢字にはルビを振り、読みやすくしています。昭和の評論家、十返肇による「岡本かの子論」も収録しました。