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上田秋成の晩年(7) (1/2)

 養母としゅうとめが死んだ翌年の寛政五年、剃髪ていはつした妻瑚璉を携へて京都へ上ったときは、養母の残りものなど売り払って、金百七両持っていたというがそれもまたたく間に無くなり、それから書店の頼むわずかばかりの古書の抜釈ばっしゃくものかなにかをして、十両十五両の礼を取って暮らしていたが、ずっと晩年は数奇すき者が依頼する秋成自著の中でも有名な雨月などの謄写とうしゃをしてその報酬でとぼしく暮らして居た。しかし、それも眼がだんだん悪くなって出来なくなり、彼自身も『胆大小心録』で率直に述べている通り、「麦くたり、やき米の湯のんだりして、をかしからぬ命を生きる――」状態になった。

 妻の瑚璉尼が死んで、全く孤独のやもめの老人となった秋成は、一時、弟子の羽倉信美はぐらのぶよしの家へ寄食してみたが窮屈で堪えられず、またよろぼい出て不自由な独居生活に返った。

 故郷なつかしく大阪に遊んだり静かな日下の正法寺へ籠もって眼を休ませてみたりしたが老境の慰めるすべもなかった。年も丁度七十歳に達したので、前年んで知り合いの西福寺の和尚おしょうに頼んで生きとむらいを出してもらひ、墓も用意してしまった。

 秋成はそのときのことを顧みて苦笑した。さすがの癇癖かんぺきおやじも我を折ったかと意外に人が集まって来た。恥をかかせてやったので怒って居るといううわさの若い儒者まで機嫌よく挨拶あいさつに来た。役に立たないようなものをたくさん人が呉れた。それ等の人々は自分をいたわったり、力をつけたりする言葉を述べた。そして自分がしおらしく好意をよろこび容れる様子を示すのを期待した。自分はしまったと思った。

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鶴は病みき

歌人として有名だった岡本かの子の最初の小説集『鶴は病みき』(1936)の電子復刊です。表題作のほか、「渾沌未分」「敵(戯曲)」「豆腐買い」等、9編の短編を収録。信正社による初刊本を底本とし、伏せ字は実業之日本社版の「岡本かの子全集」を参照して補いました。2010年の常用漢字改定に照らし合わせ現代仮名遣いへ改めるとともに、常用外漢字にはルビを振り、読みやすくしています。昭和の評論家、十返肇による「岡本かの子論」も収録しました。