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上田秋成の晩年(2) (1/3)

 紙袋からぽろぽろと焼き米を鉢にあけて、秋成はそれに湯を注いだ。そこにあった安永五年刊の雨月物語を取って鉢の蓋にした。この奇怪に優婉ゆうえんな物語は、彼が明和五年三十五歳のときに書いたものである。書いてから本になるまで八年の月日がかかっている。推敲すいこうに推敲を重ねた上、出版にもそうとう苦労が籠もっていた。顧みると国文学者の分子の方が勝ってしまった彼の生涯の中で、かえって生まれつき豊かであったと思われる、物語作者の伎倆ぎりょうを現したのはわずかに過ぎない。その僅かの著作のうちで、この冊子は代表作であるだけに他の著作は散逸させてしまっても、これには愛惜の念が残り、晩年になるほど手もとに引っつけて置いた。それかと云ってさほど大事にして仕舞しまって置くということもなかった。運命に馬鹿にされ、引きずり廻されたような一生の中で、自分の好みや天分が何になったか。なまじそれがあった為に毛をさかぎにされるようなくるしい目にあったと思えば、感興に殉じた小伎倆こうで立てが、自分ながらいまいましく、この冊子を見る度におこな自分を版木に刷り、恥じづ掻いて居るようで、踏まば踏め、蹴らば蹴れ、と手からほうって置くとこまかせ、そこら畳の上に捨てても置いた。この冊子が世間で評判のよかったことにも何ということなしに反感が持てた。要するに愛憎二つながらかかっている冊子であるため、ついそばに置いて居るというのが本当のところかも知れない。土瓶敷き代わりにもたびたび使った。鍋や土瓶の尻しみが表紙や裏に残月形に重って染みついていた。

 湯気で裏表紙が丸くしめりふくらんだ蓋の本をわきへはねて、鉢の中にほどよくふくれた焼米を小さい飯茶椀めしぢゃわんに取り分け、白湯さゆをかけて生味噌なまみそさいにしながら、秋成はさっさと夕飯をしまった。身体は大きくないが、骨組みはがっちりしていて、顎や頬骨の張っているあばたづらの老人が、老いさらばい、夕闇に一人で飯を喰べて居る姿はさびしかった。とぼけたようなと眼が、人並みより間を置いて顔についているのが、かえるのように見える。

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鶴は病みき

歌人として有名だった岡本かの子の最初の小説集『鶴は病みき』(1936)の電子復刊です。表題作のほか、「渾沌未分」「敵(戯曲)」「豆腐買い」等、9編の短編を収録。信正社による初刊本を底本とし、伏せ字は実業之日本社版の「岡本かの子全集」を参照して補いました。2010年の常用漢字改定に照らし合わせ現代仮名遣いへ改めるとともに、常用外漢字にはルビを振り、読みやすくしています。昭和の評論家、十返肇による「岡本かの子論」も収録しました。