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鶴は病みき(1) (1/7)

 白梅の咲く頃となると、葉子はどうも麻川荘之介氏をおもい出していけない。いけないというのは嫌という意味ではない。むしろ懐かしまれるものを当面に見られなくなった愛惜のこころが催されてこまるという意味である。わが国大正期の文壇に輝いた文学者麻川荘之介氏が自殺してからもはや八ヶ年は過ぎた。

 白梅と麻川荘之介氏が、なぜ葉子の心のなかで相関連しているのか、麻川氏と葉子の最後の邂逅かいこうが、葉子が熱海へ梅をに行った途上であったためか、あるいは、麻川氏の秀麗な痩躯そうく長身を白梅が連想させるのか、または麻川氏の心性のる部分が清澄で白梅に似ているとでもいうためか――だが、葉子が麻川氏をおもい出すいとぐちは白梅の頃でありながら結局葉子がふかく麻川氏を想うとき場所は鎌倉で季節は夏の最中となる。葉子たち一家は、麻川荘之介氏の自殺する五年前のひと夏、鎌倉雪の下のホテルH屋に麻川氏と同宿して避暑していた。

表記等について

  1. 読みやすさを優先し、原則として旧仮名遣いを新仮名遣いに改めるほか常用漢字表の新字体を使用するが、原文に文語文がある場合はそのかぎりではない。
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  5. ITmedia 名作文庫は、散文作品(小説、随筆、評論、日記等)を主体とする。なるべく初刊本に近いものを底本に選び、全集等、先人たちの校訂を参照する。著者の死後50年を過ぎた作品群の中には、21世紀の今日の観点からみると、差別を始めとした不適切な表現ないしは同表現ととられかねない箇所が見受けられることがあるが、原文の歴史的価値を鑑みて底本どおりとする。

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鶴は病みき

歌人として有名だった岡本かの子の最初の小説集『鶴は病みき』(1936)の電子復刊です。表題作のほか、「渾沌未分」「敵(戯曲)」「豆腐買い」等、9編の短編を収録。信正社による初刊本を底本とし、伏せ字は実業之日本社版の「岡本かの子全集」を参照して補いました。2010年の常用漢字改定に照らし合わせ現代仮名遣いへ改めるとともに、常用外漢字にはルビを振り、読みやすくしています。昭和の評論家、十返肇による「岡本かの子論」も収録しました。