» 公開

豆腐買い(4) (1/3)

 お京さんが夫のアンリーのところを逃げ出す前にお京さんは加奈子にこういったことがあった。

――異人さんと一緒にいると始終用心してなきゃならないのよ。いつ唇が飛びかかって来るか知れないから。

異人さんと一緒にいると我がままをいうのも時間制度よ。

アンリーはあたしを燃やし尽くそうとする。菜種油で自動車を動かそうとする。

触ってくれずに愛してくれたらねえ。

まわりの静まった夜なんか二人差し向かいでいてふいと気がつくと、おや大変異人さんと一緒にいる。と逃げ出したくなることがあるのよ。

あなた異人さんのしょげたところ見た? まるで子供よ。

異人さんの不器用な大股で日本の家の鴨居かもいに頭をぶつけないように歩く不器用さは初めはほんとに愛嬌があるけれど見慣れて嫌になり出すととてもたまらないものよ。

異人さんはやきもちやきよ。

あの人、海苔のりを食べるのを稽古しだしたのよ。

異人さんの愛情というものはくどいからすぐ腹がいっぱいになるけれども永持ちしないの。だからしょっちゅうちょいちょい食べなきゃならない。

この頃はお豆腐を食べても舌で味い分けられなくなったわ。始終脂っこいもののお相伴しょうばんをするせいよ。

それでいてお豆腐の味が忘れられないの。だからただ見ているの。

日本の男の人と話をしただけでも怒るのよ。

ツネリ方をわたしに習ってわたしをツネルのよ。

でも、どうしても日本の男の人とお友達になりたいの、それで子供ならいいというので子供のお友達をこしらえたものの十六の少年ではいけず、十四の少年でいけず十三の育ちの悪いすぐ顔を赤くするような子をお友達に見つけたの。名前は線二って言うの。

 加奈子は線二を一二度見た。お京さんはフランス人形と並べてその子の顔におしろいを塗ってやっていた。それは加奈子が洋行する四五年前の日本の春の午後だった。

表記等について

  1. 読みやすさを優先し、原則として旧仮名遣いを新仮名遣いに改めるほか常用漢字表の新字体を使用するが、原文に文語文がある場合はそのかぎりではない。
  2. 常用漢字表にない漢字、当て字、異字は初出時に振り仮名を付ける。
  3. 難読語で原文を損なうおそれが少ないと思われるものについては仮名に改める。
  4. 振り仮名はブラウザによって表示が異なる。ChromeとInternet Explorerでは文字の上に振り仮名が振られる「ルビ表示」となるが、Firefoxでは文字の後に()で表示される。文字を強調する傍点は、FirefoxとInternet Explorerでは太字で表示される。
  5. ITmedia 名作文庫は、散文作品(小説、随筆、評論、日記等)を主体とする。なるべく初刊本に近いものを底本に選び、全集等、先人たちの校訂を参照する。著者の死後50年を過ぎた作品群の中には、21世紀の今日の観点からみると、差別を始めとした不適切な表現ないしは同表現ととられかねない箇所が見受けられることがあるが、原文の歴史的価値を鑑みて底本どおりとする。

この作品が収録されている電子書籍を読む

鶴は病みき

歌人として有名だった岡本かの子の最初の小説集『鶴は病みき』(1936)の電子復刊です。表題作のほか、「渾沌未分」「敵(戯曲)」「豆腐買い」等、9編の短編を収録。信正社による初刊本を底本とし、伏せ字は実業之日本社版の「岡本かの子全集」を参照して補いました。2010年の常用漢字改定に照らし合わせ現代仮名遣いへ改めるとともに、常用外漢字にはルビを振り、読みやすくしています。昭和の評論家、十返肇による「岡本かの子論」も収録しました。