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百喩経(9) (1/2)

食半餅喩


或る人が食に飢え七枚の煎餅せんべいを喰べた。だが七枚目を半分喰べた時満腹したので彼は言った、「今の半分の為に私の腹はくちくなったのだ、だから先の六枚は喰べなくてもよかったのに」

 明るい早春のサンルームで愛の忍堪力の試験。

 イエツ教授の娘のマーガレットはこういう実験のプランを可愛かわゆいとき色の小脳のひだからみ出して支度にかかった。――招待状、英国風の朝飯、その朝すこしの風も欲しい。

 恋人の三木本は約束の時間にやって来た。オースチンリードで出来合いをすこし直さしたモーニングの突き立った肩が黄いろい金鎖草の花房にじた挨拶をしながら庭の門を入る。東洋風のなめし革の皮膚、鞣し革の手の皮膚。その手がそこで急いで本ものの鞣し皮の外套を脱ぐ。

 苦学の泥の跳ねあとをとげの舌ですっかり嘗めてしまった猫のような青年紳士は蜘蛛くもの糸の研究者で内地レントゲン器械製造会社との密約者。

 眩しいような白と萌黄もえぎの午前服で男を圧迫しながらマーガレットは爪磨きをして二日目の彫刻的な指先で甘える。

「そのトーストを一枚、いちごのジャムを塗ってね」

 男の忠実に働く手とカフスが六つばかりの銀器に映る。

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鶴は病みき

歌人として有名だった岡本かの子の最初の小説集『鶴は病みき』(1936)の電子復刊です。表題作のほか、「渾沌未分」「敵(戯曲)」「豆腐買い」等、9編の短編を収録。信正社による初刊本を底本とし、伏せ字は実業之日本社版の「岡本かの子全集」を参照して補いました。2010年の常用漢字改定に照らし合わせ現代仮名遣いへ改めるとともに、常用外漢字にはルビを振り、読みやすくしています。昭和の評論家、十返肇による「岡本かの子論」も収録しました。