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百喩経(8) (1/2)

唵米決口喩


妻の家の米を盗んで口へ入れた男の話。

 こういう気持ちを人にいって判るだろうかどうだろうか。またはこういう気持ちは自分だけ変質的に持っていて到底、他人には理解されずに終わる果敢はかないものの一つなのか。作太郎は医者の前で涙をぽろぽろこぼした。医者は作太郎の膨れた頬に丁寧に麻痺剤を注射した。手術を取りいた花嫁を前に家族一同が心配そうな顔を並べた。

 結婚後七日目に作太郎は新妻を連れて妻の実家を訪問したのだった。媒酌結婚ではあったが彼はその妻もその実家をも愛して居た。

 程よい富、程よい名望、三棟の土蔵へ通う屋根廊下には旧家らしい薄闇が漂っていた。桟窓からさし込む陽に飴色あめいろの油虫が二三びき光った。

「気味がお悪くは無くて。あたし陰気でこの家好きになれませんでしたわ」

 花嫁の巻子は取りし顔にこういった。

 自分が貰った新鮮で健康でカルシュームの匂いのする乙女、それを生むために何代かの人が倹約、常識、忍耐、そういうような胎盤を用意したのだ。そう思うと作太郎はこの実家の一々のものに感謝のこころが湧いた。

「いい家だよ。がっちりしたおっかさんのような家だよ」

 立ち止まるとふきを混ぜた味噌汁みそしるの匂いと家畜の寝藁ねわらの匂いとしずかに嗅ぎ分けられた。作太郎は廊下や柱や壁をしみじみとした愛感で撫で乍ら歩いた。

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鶴は病みき

歌人として有名だった岡本かの子の最初の小説集『鶴は病みき』(1936)の電子復刊です。表題作のほか、「渾沌未分」「敵(戯曲)」「豆腐買い」等、9編の短編を収録。信正社による初刊本を底本とし、伏せ字は実業之日本社版の「岡本かの子全集」を参照して補いました。2010年の常用漢字改定に照らし合わせ現代仮名遣いへ改めるとともに、常用外漢字にはルビを振り、読みやすくしています。昭和の評論家、十返肇による「岡本かの子論」も収録しました。