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百喩経(7) (1/2)

殺商主祀天喩


一隊商が曠野こうや颶風ぐふうに遇った時、野神に供うる人身御供ひとみごくうとして案内人を殺した。案内人を失った隊商等の運命は如何いかん

 ×××で雇い入れた案内者は不思議な男だった。

「ほんとうの案内者は殺されてから案内する」

 こんなことをいった。みんなは大して気にも留めなかった。一つはこの案内者の見かけが平凡でそこらにざらにある雑種のアラビア人とちっとも違わないし、その上相当にずるくもあったのでただ出鱈目でたらめをいう言葉のなかに聞き流した。

 自分の言葉に取り合われぬとき案内者はその平凡な顔の上にかすかな怒りを見せた。

 隊商は出発した。沙漠は無限だった。駱駝らくだの脚の下にむなしく砂が踏まれていると思うような日が幾日も続いた。太陽だけが日に一つずつ空に燃えてかすになった。

 この広漠たる沙漠のなかを案内者はつえを振り先頭に立って道を進めた。自信のある足取りで行路を指揮する権威ある態度の彼は立派な案内者だった。

 砂丘の蔭に石で蓋のしてある隠し水の在所も迷うことなく探し宛てた。太陽が中天に一休みして暑さと砂ほこりにみんながみ疲れる頃を見はからい彼は唄をうたった。

いつか一度は
さかなになって
水のお城に水の酒
あの子と二人で水の蚊帳かや
ささやれ
涼しい
涼しい

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