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百喩経(5) (1/1)

五人買婢共使喩


五人の男が公平に金を出し合って一を雇った。一人の男が怒って婢に十べんを与えると他の四人も権利を主張して婢に十鞭ずつを与えた。

 五人で一人の女を雇った。山査子さんざしの咲く古い借家に。

 五人は生活費を分担して居た。従って女の給金も頭分けにして払った。それと関係なしに山査子の花は梅の形に咲く。

 平凡な雇女は呼びようもなくて雇い主の五人を一々旦那様と呼んだ。でもその呼びかたに多少の特性キャラクテールを認めないこともない。

 一人には、あの旦那様。

 一人には、ちょっと旦那様。

 一人には、恐れ入りますが旦那様。

 一人には、いらっしゃいますか旦那様。

 一人には、ただ旦那様。

と呼んだ。

 主人の一人は洗濯物を女に出す。すると他の四人の主人も洗濯物を出す。機会均等。利権等分。彼等には独身もののサラリーマンらしい可憐かれんな経済観念があった。

 洗濯ものは五つ一様にきれいには洗えなかった。かけて干したシャツの袖に山査子の赤黄いろい実の色がこすりついたまま畳まれるようなこともあった。これを見つけた持ち主の主人は口を尖らして女を叱った。

 すると他の四人も損をしまいと口を尖らして女を叱った。

 叱られた女は、ここに於て主人を恨むべく――

「だが五人を恨むことは――」

 と女は思った。

「わたしらのような女には五人も一度に人を恨むことは出来ない。そういうように心が出来て居ない。やっぱりかたきを一人にして恨みを突き詰めて行かなければ......で、恨むのは、どの旦那様にしよう」

 思い迷った女は八つ口から赤い手を出したまま裏口に立った。

 そこに指で押しながら考えをまとめるに都合よくさいわい山査子には小さいとげがあった。

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歌人として有名だった岡本かの子の最初の小説集『鶴は病みき』(1936)の電子復刊です。表題作のほか、「渾沌未分」「敵(戯曲)」「豆腐買い」等、9編の短編を収録。信正社による初刊本を底本とし、伏せ字は実業之日本社版の「岡本かの子全集」を参照して補いました。2010年の常用漢字改定に照らし合わせ現代仮名遣いへ改めるとともに、常用外漢字にはルビを振り、読みやすくしています。昭和の評論家、十返肇による「岡本かの子論」も収録しました。