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百喩経(4) (1/2)

乗船失盂喩


あるる愚男が海にを落とした。男は直ちに落とした箇所の水流の具合など描き取って置いた。二ヶ月して他国で前に描いて置いた水の具合に似た海に来た。男は盂を得ようとして其処そこを探して得なかった。

 浪華なにわの堀を出て淡路の洲本すもとの沖を越すころは海はいで居た。帆は胸を落ち込ました。乗り込み客は酒筒など取り出した。女に口三味線を弾かせて膝の丸みを撫で乍らうとうとする年寄りもあった。

 陸は近かった。松並木は一重青く浮き出して居た。その幹の間から並んで動いて行く小さい苫屋とまやが見えた。あたたかな砂浜には人が多ぜいいかなごる網を曳いて居た。犬が吠え廻った。

 船舷ふなべり頬杖ほおづえを突いて一眠りした蒔蔵まきぞうしびれたような疲れもすっかりなおった。やる瀬ない気持ちだけが残った。

「そうだかんざしがあったのだ、おもかげをしのぼう」

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鶴は病みき

歌人として有名だった岡本かの子の最初の小説集『鶴は病みき』(1936)の電子復刊です。表題作のほか、「渾沌未分」「敵(戯曲)」「豆腐買い」等、9編の短編を収録。信正社による初刊本を底本とし、伏せ字は実業之日本社版の「岡本かの子全集」を参照して補いました。2010年の常用漢字改定に照らし合わせ現代仮名遣いへ改めるとともに、常用外漢字にはルビを振り、読みやすくしています。昭和の評論家、十返肇による「岡本かの子論」も収録しました。