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百喩経(3) (1/1)

三重楼喩


愚な富豪が木匠を呼んで三重楼を建て度いが、自分は三重楼の下の二層は要らない、上一層だけが欲しいと云った。

「あの土台も作らず、あの胴も作らず、あのほっそりした塔の頂上だけをあの高さにおいて作りたいものだと考えて見なさい」

 セーヌ河の中の島でむく犬のリックとラックに向こうから遊で飽かれて仕舞った老人で食い扶持ぶちの年金は独逸ドイツの償金で支払われて居るのがエッフェル塔を指してこういった。

「そうすると、その不可能を可能にしようとする苦しみの間から人間の情緒が汗のように出るね。勇気、失望、狡猾こうかつ、落胆、負け惜しみ、慰め――その間には叩かれた女の掌のやきもち筋も見えるよ。どこかへ生み落としたはずと思う子供の片えくぼも出るよ。うっかり余分にやって黙って取られて仕舞った稿銭のたかも思い出すよ。だが、結局、そんなものも焼きつくしてしまってときどき花火のようなものが光るね。鏡を陽に当てて焦点を眼玉めだまのなかへ射し込ませる。あんなやわなものじゃないよ。まぶしいのが口のなかまで押し込んで来て息が出来なくなるんだよ。おまえさんその時、きっとあっというね。おまえさん思わず頭を手でうしろから押さえなさるかも知れんよ。頭のなかで働かしすぎた知恵の調革ベルトが引っ切れたとでも思いなさってよ。だが、そんなものじゃ無いよ、それは。こっちでも向こうでもないんだよ。ちょっと耳をそばへ持って来なさい。小さい声ではなすよ。あれはね猶太ユダヤ人のアインスタインが飯の種にしているあの「空間」というものだね、その証拠にはあの火花に頭を持って行かれるときエッフェル塔の頂上だけ土台も胴なかもなくてふんわりあの高さに浮かばせる無理が不思議でなく顕現するんだよ。は は は は は は。おれが思うのには聖オウガスチンという男はあわてものさ。あの火花を見ただけで神様の体まで見てしまったものと早合点したのさ。あれは神様じゃ無いよ。あれは神様の後光だけなんだよ。神様の体なんていものは伊太利イタリー生章魚いきだこのようにその居場所によってその居場所と同じようになっちまうんだから到底見えやしないよ。

 そうかい、おまえさん、橋を渡って河岸を歩いて帰りなさるかい。今日は天気が宜いから曳舟ひきぶねから岸壁の環へ洗濯ひもを一ぱい張ってあるから歩き憎いよ。は は は。あすこの釣り好きの馬鹿を見なさい。釣った魚を、ポケットへ蔵い込んで大事にボタンを締めたよ」

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歌人として有名だった岡本かの子の最初の小説集『鶴は病みき』(1936)の電子復刊です。表題作のほか、「渾沌未分」「敵(戯曲)」「豆腐買い」等、9編の短編を収録。信正社による初刊本を底本とし、伏せ字は実業之日本社版の「岡本かの子全集」を参照して補いました。2010年の常用漢字改定に照らし合わせ現代仮名遣いへ改めるとともに、常用外漢字にはルビを振り、読みやすくしています。昭和の評論家、十返肇による「岡本かの子論」も収録しました。