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百喩経(2) (1/2)

愚人集牛乳喩


愚人は客が来るまで日々の牛乳をしぼらないで女牛の体内にためて置くつもりだった。いよいよ客が来た時愚人は女牛の乳をしぼったがやはり一日分しか出なかった。

 夫の愛は日に日に新鮮だった。血の気を増す苜蓿うまごやしの匂いがした。肌目きめのつんだネルのつやをして居た。甘さは物足りないところで控えた。

 それで保志子は夫の愛を牛乳に感じてかった。

 新婚後十月目。

 めずらしく三つ押し並んだ休日があった。東京の実家の妹達が泊まりがけで遊びに来ると知らせてよこした。そのしらせ通りの日になるまでにはあと六つ黄いろい秋の日が間に並んで挟まって居た。

 夫の自分への愛を保志子は妹達にも見知らせて置き度かった。飲んで内壁から吸収する幸福を気付かせて置くことは嫁入り前の妹達に結婚衛生学の助講にもなる。

 だが若い妹達に、まだ男の愛を肌地きじのよしあしで品さだめしない娘たちに、はたしてじぶんの夫の愛情のようなものがわかるかしらん。牛乳の味が判るかしらん。いまだに彼女がハリウッドへスターのサインをもらう為めに手紙をペンでなぞりなぞり書いてるような娘たちであったらこりゃむずかしい。こりゃ、肌地より分量で示すよりほかあるまい。

 保志子は夫に頼んだ。

「これから向こう五日間よ。なるたけ愛を節約してね。けれど妹たちが来たらその溜めといた分を思う存分あたしの上に使ってね。使って見せてね」

 髪の薄い夫はよしよしといった。

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歌人として有名だった岡本かの子の最初の小説集『鶴は病みき』(1936)の電子復刊です。表題作のほか、「渾沌未分」「敵(戯曲)」「豆腐買い」等、9編の短編を収録。信正社による初刊本を底本とし、伏せ字は実業之日本社版の「岡本かの子全集」を参照して補いました。2010年の常用漢字改定に照らし合わせ現代仮名遣いへ改めるとともに、常用外漢字にはルビを振り、読みやすくしています。昭和の評論家、十返肇による「岡本かの子論」も収録しました。