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百喩経(10) (1/1)

小児得大亀喩


 この辺で亀は珍しかった。こどもはそれを捉えた。用心して棒切で押さえて縄で縛った。

 こどもははじめて見るこの爬虫類を憎んだ、石の箱のなかに首も手足もしまって思い通りにならない。ひっくり返せばそのままひっくり返って居る。こどものリズムとテムポが合わないもどかしい退屈な動物だ。

 それにこどもはこの動物を危険な動物とも見た。なにしろ手足に爪が生えている。口には歯もある。危害を隠しているこの醜いものを殺して英雄になり度い気持ちがこどもに強く湧いた。こどもは勇気をふるって石を二つ三つ亀の上へ投げて見た。亀は死ななかった。

 通りがかりの人があった。

「それは、水のなかへ入れるが宜い。一番早く死ぬ」

 こどもにこう教えた。

(おとなというものは真っ赤なうそをこどもに信じさせるときにいくらか自分もその気になるものだ。とうとう本当にその気になって仕舞うこともある。)

 こどもは亀を池の中へ入れた。背中に模様のある石は一たん水の中に沈んでそれから浮いて水草の間に手足を働かした。

「やあ、苦しんでやがる」

 惨虐な少年の性欲は異様な満足を感じた。

 おとなの嘘から少年の中に綻びた性欲の赤いつぼみは、やがてお町、鏡子、おふゆ、というような女に苦労をさす種となった。

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歌人として有名だった岡本かの子の最初の小説集『鶴は病みき』(1936)の電子復刊です。表題作のほか、「渾沌未分」「敵(戯曲)」「豆腐買い」等、9編の短編を収録。信正社による初刊本を底本とし、伏せ字は実業之日本社版の「岡本かの子全集」を参照して補いました。2010年の常用漢字改定に照らし合わせ現代仮名遣いへ改めるとともに、常用外漢字にはルビを振り、読みやすくしています。昭和の評論家、十返肇による「岡本かの子論」も収録しました。