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虚構の春(5) (1/4)

 月日。

「太宰治さん。再々悪筆をお目にかける失礼、お許し下さいまし。一つには私たちの同人雑誌『春服』が、目茶苦茶になりかかった、わびしさから、二つには、ぼく自身のステールネスから、最後に、あなたがぼく如きものに好意をお持ち下され居る由、昨晩の松村と云う『春服』同人の手紙が伝えてくれたので、加うるに性来の図々しさを以って、御迷惑を省みず、狎書こうしょを差し上げる次第です。友人の松村と言う男が、塩田カジョー、関タッチイ、大庄司清喜、この三人そろって船橋のお宅へお邪魔した際の拙作に関するあなたの御意見、あとでその三人から又聞きしたのを、そのまま私へ知らせてよこしました。また、『新ロマン派』十二月号にも拙作に関する感想をおもらしになったこと、『新潮』一月号掲載の貴作中、一少女に『春服』を携えさせたこと等、あなたの御心づかいを伝えてくれました。早速、今日、街の五六軒の本屋をまわって、二誌を探したのですが、『新潮』はどこでも売り切れてばかりいましたし、『新ロマン派』は来ていない模様でした。ぼくはあなたに御礼を書くのではないのです。御礼だけかいて、済まして居られる身分になれたら、それはすがすがしいことです。が、きいて頂きたいことがあるのだ、相談にのって頂きたい、力になって貰いたい、と手前勝手な台辞せりふばかりならべるのは、なんとも恥しい話です。あなたはカジョーに、ぼくの、経歴人物について、きいて下さったかも知れません。が、カジョーは多分、あいつは宣伝の好きな男だから......けれども、これはカジョーへの悪意ではありません。ぼくの自己弁解です。ぼくは幼年時、身体が弱くてジフテリヤや赤痢で二三度昏絶こんぜつ致しました。八つのとき『毛谷村六助』を買って貰ったのが、文学青年になりそめです。親爺はその頃めかけを持っていたようです。いまぼくの愛しているお袋は男に脅迫されて箱根に駆け落ちしました。お袋は新子と名を改めて復帰致しました。ぼくの物心ついた頃、親爺は貧乏官吏から一先ず息をつけていたのですが、肺病になり、一家を挙げて鎌倉に移りました。父はその昔、一世を驚倒せしめた、歴史家です。二十四歳にして新聞社長になり、株ですって、陋巷ろうこうに史書をあさり、ペン一本の生活もしました。小説も書いたようです。大町桂月けいげつ、福本日南等と交友あり、桂月を罵って、仙をてらう、と云いつつ、おのれも某伯、某男、某子等の知遇を受け、熱烈な皇室中心主義者、いっこくな官吏、孤高狷介けんかい、読書、追及、まざる史家、癇癪かんしゃく持ちの父親として一生を終わりました。十三歳の時です。その二年前、小学六年の時、ぼくの受け持ち教師は鎌倉大仏殿の坊主でした。その影響で、ぼくは別荘の坊ちゃんとしての我がままなしたいほうだいを止めて、執偏奇的な宗教家、神秘家になりました。ぼくは現実に神をみたのです。一方、豆本熱は病こうこうに入って、蒐集しゅうしゅうした長篇講談はぼくの背を越しました。作文の時間には指名されて朗読しました。『新聞』と云う題で夕刊売の話を書き級中を泣かせました。俳句を地方新聞にも出されました。ぼくは幼いジレッタント同志で回覧雑誌を作りました。当時、歌人を志していた高校生の兄が大学に入る為帰省し、ぼくの美文的フォルマリズムの非を説いて、子規の『竹の里歌話』をすすめ、『赤い鳥』に自由詩を書かせました。当時作る所の『波』一篇は、白秋はくしゅう氏に激賞され、後選ばれて、アルス社『日本児童詩集』にのりました。父が死んだ年、兄は某中学校に教べんを取りました。父の死は肺病の為でもあったのですが、震災で土佐国から連れてきた祖父を死なし、又祖父を連れてくる際の、口論の為、叔父の首をくくらし、また叔父の死の一因であった従弟いとこの狂気等も原因して居たかも知れません。加えて、兄のソシャリストになった心痛もあったでしょう。事実兄は、ぼくを中学の寄宿舎に置くと、一家を連れて上京、自分は××組合の書記長になり、学校にストライキを起こしくびになり、お袋達が鎌倉に逃げかえった後も、豚箱から、インテリに活動しました。同志の一人はうちに来て、寄宿から帰ったぼくと姉を兄貴への心服の上に感化しました。三・一五が起こり、兄は転向、結婚、嫁と母の仲悪るく、兄夫婦はぼく達を置いて東京で暮らしていました。人道主義的なマルキストであり、感傷的な文学少年、数学の出来なかったぼくは、ひどい自涜じとくの為もあったのでしょう、学校に友達なく、全く一人で、姉、近所のW大生、小学時代の親友、兄夫婦も加えて、プリント雑誌『素描』を二年続けました。

表記等について

  1. 読みやすさを優先し、原則として旧仮名遣いを新仮名遣いに改めるほか常用漢字表の新字体を使用するが、原文に文語文がある場合はそのかぎりではない。
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  3. 難読語で原文を損なうおそれが少ないと思われるものについては仮名に改める。
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  5. ITmedia 名作文庫は、散文作品(小説、随筆、評論、日記等)を主体とする。なるべく初刊本に近いものを底本に選び、全集等、先人たちの校訂を参照する。著者の死後50年を過ぎた作品群の中には、21世紀の今日の観点からみると、差別を始めとした不適切な表現ないしは同表現ととられかねない箇所が見受けられることがあるが、原文の歴史的価値を鑑みて底本どおりとする。

この作品が収録されている電子書籍を読む

虚構の彷徨 ダス・ゲマイネ

『晩年』(砂子屋書房、1936年6月)に続き、1937年6月1日、新潮社から刊行された前衛的な第二著作集です。師匠の佐藤春夫に命名された「虚構の彷徨」は「道化の華」「狂言の神」「虚構の春」で構成される三部作。「虚構の春」では友人・知人からの手紙をコラージュし、「ダス・ゲマイネ」では「太宰治とかいうわかい作家」を登場させるなど、前衛的な創作手法に挑戦しています。ITmedia 名作文庫では新潮社版を底本に、巻頭に解説「俗っぽさに賭ける痛切な青春」(北条一浩)を収録しました。2010年の常用漢字改定に照らし合わせ現代仮名遣いへ改めるとともに、常用外漢字にはルビを振り読みやすくした縦書版電子書籍です。