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虚構の春(3) (1/4)

下旬


 月日。

「突然のおたよりお許し下さい。私は、あなたとうり二つだ。いや、私とあなた、この二人のみに非ず。青年の没個性、自己喪失は、いまの世紀の特徴と見受けられます。以下、必ず一読せられよ。(一行あき。)刺し殺される日を待って居る。(一行あき。)私は或る期間、穴蔵の中で、陰鬱なる政治運動に加担していた。月のない夜、私ひとりだけ逃げた。残された仲間は、すべて、いのちを失った。私は、大地主の子である。転向者の苦悩? なにを言うのだ。あれほどたくみに裏切って、いまさら、ゆるされると思っているのか。(一行あき。)裏切り者なら、裏切り者らしく振る舞うがいい。私は唯物史観を信じている。唯物論的弁証法に拠らざれば、どのような些々ささたる現象をも、把握できない。十年来の信条であった。肉体化さえ、されて居る。十年後もまた、変わることなし。けれども私は、労働者と農民とが私たちに向けて示す憎悪と反発とを、いささかも和げてもらいたくないのである。例外を認めてもらいたくないのである。私は彼等の単純なる勇気を二なく愛して居るがゆえに、二なく尊敬して居るがゆえに、私は私の信じている世界観について一言半句も言い得ない。私の腐った唇から、明日の黎明れいめいを言い出すことは、ゆるされない。裏切り者なら、裏切り者らしく振る舞うがいい。『職人ふぜい。』とんで吐き出し、『水呑み百姓。』とわらいののしり、そうして、刺し殺される日を待って居る。かさねて言う、私は労働者と農民とのちからを信じて居る。(一行あき。)私は派手な衣服を着る。私は甲高い口調で話す。私は独り離れて居る。射撃し易くしてやって居るのである。私の心にもなき驕慢きょうまんの擬態もまた、射手への便宜を思っての振る舞いであろう。(一行あき。)自棄やけの心からではない。私を葬り去ることは、すなわち、建設への一歩である。この私の誠実をさえ疑う者は、人間でない。(一行あき。)私は、つねに、真実を語った。その結果、人々は、私を非常識と呼んだ。(一行あき。)誓って言う。私は、私ひとりのために行動したことはなかった。(一行あき。)このごろ、あなたの少しばかりの異風が、ゆがめられたポンチ画が、たいへん珍重されているということを、寂しいとは思いませんか。親友からの便りである。私はその一葉のはがきを読み、海を見に出かけた。途中、麦が一寸ほど伸びている麦畑の傍にさしかかり、突然、ぐしゃっと涙が鼻にからまって来て、それから声を放って泣いた。泣き泣き歩きながら私をわかって呉れている人も在るのだと思った。生きていてよかった。私を忘れないで下さい。私は、あなたを忘れていた。(一行あき。)その未見の親友の、純粋なるくやしさが、そのまま私の血管にも移入された。私は家へかえって、原稿用紙をひろげた。『私は無頼の徒ではない。』(一行あき。)具体的に言って呉れ。私は、どんな迷惑をおかけしたか。(一行あき。)私は借銭をかえさなかったことはない。私は、ゆえなく人の饗応きょうおうを受けたことはない。私は約束を破ったことはない。私は、ひとの女と私語を交えたことはない。私は友の陰口を言ったことさえない。(一行あき。)昨夜、床の中で、じっとして居ると、四方の壁から、ひそひそ話声がもれて来る。ことごとく、私にいての悪口である。ときたま、私の親友の声をさえ聞くのである。私を傷つけなければ、君たちは生きて行けないのだろうね。(一行あき。)なぐりたいだけ殴れ。踏みにじりたいだけ踏みにじるがいい。わらいたいだけ嗤え。そのうちに、ふと気がついて、顔をあかくするときが来るのだ。私は、じっとしてその時期を待っていた。けれども私は間違っていた。小市民というものは、こちらが頭を低くすればするほど、それだけ、のしかかって来るものであった。そう気がついたとき、私は、ふたたび起きあがることが出来ぬほどに背骨を打ちくだかれていたようだ。(一行あき。)私は、このごろ、肉親との和解を夢に見る。かれこれ八年ちかく、私は故郷へ帰らない。かえることをゆるされないのである。政治運動を行ったからであり、情死を行ったからであり、卑しい女を妻に迎えたからである。私は、仲間を裏切りそのうえ生きて居れるほどの恥知らずではなかった。私は、私を思って呉れていた有夫の女と情死を行った。女を拒むことができなかったからである。そののち、私は、現在の妻を迎えた。結婚前の約束を守ったまでのことである。私、十九歳より二十三歳まで、四年間土曜日ごとに逢っていたが、私はいちども、まじわりをしなかった。けれども、肉親たちは、私を知らない。よそに嫁いで居る姉が、私の一度ならず二度三度の醜態のために、その嫁いで居る家のものたちに顔むけができずに夜々、泣いて私をうらんでいるということや、私の生みの老母が、私あるがために、亡父の跡を嗣いで居る私の長兄に対して、ことごとく面目を失い、針のむしろに坐った思いで居るということや、また、私の長兄は、私あるがために、くにの名誉職を辞したとか、辞そうとしたとか、とにかく、二十数人の肉親すべて、私があたりまえの男に立ちかえって呉れるよう神かけて祈って居るというふうの噂話を、仄聞そくぶんすることがあるのである。けれども、私は、弁解しない。いまこそ血のつながりというものを信じたい。長兄が私の小説を読んで呉れる夢のうれしさよ。佐藤春夫の顔が、私の亡父の顔とあんなに似ていなかったら、私は、あの客間へ二度と行かなかったかも知れない。(一行あき。)肉親との和解の夢から、さめて夜半、しれもの、ふと親孝行をしたく思う。そのような夜半には、私もまた、菊池寛のところへ手紙を出そうか、サンデー毎日の三千円大衆文芸へ応募しようか、何とぞして芥川あくたがわ賞をもらいたいものだ、などと思いを千々にくだいてみるのであるが、夜のしらじらと明け放れると共に、そのような努力が、何故とも知らず、馬鹿くさく果無はかなく思われ、『やがて死ぬるいのち。』という言葉だけがありがたく、その日もすところなく迎えてそうして送っていただけなのである。けれども、――(一行あき。)一日読書をしては、その研究発表。風邪で三日ほど寝ては、病床閑語。二時間の旅をしては、芭蕉ばしょうみたいな旅日記。それから、面白くも楽しくも、なんともない、創作にあらざる小説。これが、日本の文壇の現状のようである。苦悩を知らざる苦悩者の数のおびただしさよ。(一行あき。)私は今迄、自己を語る場合に、どうやら少しはにかみ過ぎていたようだ。きょうよりのち、私は、あるがままの自身を語る。それだけのことである。(一行あき。)語らざれば憂い無きに似たり、とか。私は言葉を軽蔑していた。瞳の色でこと足りると思っていた。けれども、それは、この愚かしき世の中には通じないことであった。苦しいときには、『苦しい!』とせいぜい声高に叫ばなければいけないようだ。黙っていたら、いつしか人は、私を馬扱いにしてしまった。(一行あき。)私は、いま、取りかえしのつかない事がらを書いている。人は私の含羞はじらい多きむかしの姿をなつかしむ。けれども、君のその嘆声は、いつわりである。一得一失こそ、ものの成長に追随するさだめではなかったか。永い眼で、ものを見る習性をこそ体得しよう。(一行あき。)甲斐かいなく立たむ名こそ惜しけれ。(一行あき。)なんじら断食だんじきするとき、かの偽善者のごとく、悲しき面容おももちをすな。(マタイ六章十六。)キリストだけは、知っていた。けれども神の子の苦悩に就いては、パリサイびとでさえ、みとめぬわけにはいかなかったのである。私は、しばらく、かの偽善者の面容を真似まねぶ。(一行あき。)百千の迷の果、私は私の態度をきめた。いまとなっては、私は、おのが苦悩の歴史を、つとめて厳粛に物語るよりほかはなかろう。てれないように。てれないように。(二行あき。)私もまた、地平線のかなた、久遠の女性を見つめている。きょうの日まで、私は、その女性について、ほんの断片的にしか語らず私ひとりの胸にひめていた。けれども私の誇るべき一先輩が、早く書かなけれあ、君、子供が雪兎を綿でくるんで机の引き出しにしまって置くようなもので、溶けてしまうじゃないか。あとでひとりで楽しまんものと、机の引き出し、そっと覗いてみたときには、溶けてしまって、南天の赤い目玉が二つのこっていたという正吉の失敗とかいう漫画をうちの子供たち読んでいたが、美しい追憶も、そんなものだよ、パッション失わぬうちに書け、鉄は赤いうちに打つべし、と言われているよ。私は、けれども聞こえぬふりした。しらじらしく、よそごとのみを興ありげに話すのだ。兎どころか、私のふるさとでは美しい女さえ溶けてしまうのです。吹雪ふぶきの夜に、わがやの門口に行倒れていた唇の赤い娘を助けて、きれいな上に、無口で働きものゆえ一緒に世帯しょたいを持って、そのうちにだんだんあたたかくなると共に、あのきれいなお嫁も痩せて元気がなくなり、玉のようなからだも、なんだかおとろえて、家の中が暗くなった。あるじは、心細さに堪えかね、一日、たらいにお湯を汲みいれて、むりやりお嫁に着物を脱がせ、お嫁の背中を洗ってやった。お嫁はしくしく泣きながら、背中洗ってくれているやさしかった主にむかって、『私が死んでも、――』と言いかけて、さらさらと絹ずれの音がしてお嫁のすがたが見えなくなった。たらいの中には桜貝のくしこうがいが浮かんでいるだけであった。雪女、お湯に溶けてしまった、という物語。私は尚も言葉をつづけて、私、考えますにくずの葉の如く、この雪女郎のお嫁が懐妊し、そのお腹をいためて生んだ子があったとしたなら、そうして子供が成長して、雪の降る季節になれば、雪の野山、母をあこがれ歩くものとしたなら、この物語、世界の人、ことごとくを充分にうっとりさせ得ると、信じて居る。そう言いむすんだとき、見よ、世界の人の中のひとり、私の先輩も、頬を染めて浮かれだし、サロンの空気がたいへんパッショネエトにされてしまって、いつしか、私のひめにひめたるお湯にも溶けぬ雪女について問われるがままに語って聞かせて居たのである。

表記等について

  1. 読みやすさを優先し、原則として旧仮名遣いを新仮名遣いに改めるほか常用漢字表の新字体を使用するが、原文に文語文がある場合はそのかぎりではない。
  2. 常用漢字表にない漢字、当て字、異字は初出時に振り仮名を付ける。
  3. 難読語で原文を損なうおそれが少ないと思われるものについては仮名に改める。
  4. 振り仮名はブラウザによって表示が異なる。ChromeとInternet Explorerでは文字の上に振り仮名が振られる「ルビ表示」となるが、Firefoxでは文字の後に()で表示される。文字を強調する傍点は、FirefoxとInternet Explorerでは太字で表示される。
  5. ITmedia 名作文庫は、散文作品(小説、随筆、評論、日記等)を主体とする。なるべく初刊本に近いものを底本に選び、全集等、先人たちの校訂を参照する。著者の死後50年を過ぎた作品群の中には、21世紀の今日の観点からみると、差別を始めとした不適切な表現ないしは同表現ととられかねない箇所が見受けられることがあるが、原文の歴史的価値を鑑みて底本どおりとする。

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虚構の彷徨 ダス・ゲマイネ

『晩年』(砂子屋書房、1936年6月)に続き、1937年6月1日、新潮社から刊行された前衛的な第二著作集です。師匠の佐藤春夫に命名された「虚構の彷徨」は「道化の華」「狂言の神」「虚構の春」で構成される三部作。「虚構の春」では友人・知人からの手紙をコラージュし、「ダス・ゲマイネ」では「太宰治とかいうわかい作家」を登場させるなど、前衛的な創作手法に挑戦しています。ITmedia 名作文庫では新潮社版を底本に、巻頭に解説「俗っぽさに賭ける痛切な青春」(北条一浩)を収録しました。2010年の常用漢字改定に照らし合わせ現代仮名遣いへ改めるとともに、常用外漢字にはルビを振り読みやすくした縦書版電子書籍です。