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虚構の春(2) (1/5)

中旬


 月日。

「拝呈。過刻は失礼。『道化のはな』早速一読甚だおもしろく存じ候。無論及第点をつけ申し候。『なにひとつ真実を言わぬ。けれども、しばらく聞いているうちには思わぬ拾いものをすることがある。彼等の気取った言葉のなかに、ときどきびっくりするほど素直なひびきの感ぜられることがある。』という篇中のキイノートをなす一節がそのままうつしてってこの一篇の評語とすることが出来ると思います。ほのかにもあわれなる真実の蛍光を発するを喜びます。恐らく真実というものは、こういう風にしか語れないものでしょうからね。病床の作者の自愛を祈るあまり慵斎ようさい主人、特に一書を呈す。何とぞおとりつぎ下さい。十日深夜、否、十一日朝、午前二時頃なるべし。深沼太郎。吉田潔様硯北けんぽく。」

「どうだい。これなら信用するだろう。いま大わらわでお礼状を書いている始末だ。太陽の裏には月ありで、君からもお礼状を出して置いて下さい。吉田潔。幸福な病人へ。」

「謹啓。御多忙中を大変恐縮に存じますが、本紙新年号文芸面のために左の玉稿たまわりたく、よろしくお願いいたします。一、先輩への手紙。二、三枚半。三、一枚二円余。四、今月十五日。なお御面倒でしょうが、同封のハガキで御都合折り返しお知らせ下さいますようお願いいたします。東京市麹町区内幸町武蔵野新聞社文芸部、長沢伝六。太宰治様侍史。」


 月日。

「おハガキありがとう。元旦号には是非お願いいたします。おひまがありましたら十枚以上を書いていただきたい。(一行あき。)小泉君と先般ったが、相変わらず元気、あの男の野性的親愛は、実に暖かくて良い。あの男をもっと偉くしたい。(一行あき。)私は明日からしばらく西津軽、北津軽両郡の凶作地を歩きます。今年の青森県農村のさまは全く悲惨そのもの。とても、まともには見られない生活が行列をなし、群落をなして存在している。(一行あき。)貴兄のお兄上は、県会の花。昨今ますます青森県の重要人物らしい貫禄かんろくそなえて来ました。なかなか立派です。人の応待など出来て来ました。あのまま伸びたら、良い人物になり社会的の働きに於いても、すぐれたる力量を示すのも遠い将来ではございますまい。二十五歳で町長、重役頭取。二十九歳で県会議員。男ぶりといい、頭脳といい、それに大へんの勉強家。愚弟太宰治氏、なかなか、つらかろと御推察申しあげます。ほんとに。三日深夜。粉雪さらさら。北奥新報社整理部、辻田つじた吉太郎。アザミの花をお好きな太宰君。」

「太宰先生。一大事。きょう学校からのかえりみち、本屋へ立ち寄り、一時間くらい立読していたが、心細いことになっているのだよ。講談倶楽部クラブの新年附録、全国長者番附を見たが、僕の家も、君の家も、きれいに姿を消して居る。いやだね。君の家が、百五十万、僕のが百十万。去年までは確かにその辺だった。毎年、僕は、あれを覗いて、親爺おやじが金ない金ない、と言っても安心していたのだが、こんどだけは、本当らしいぞ。対策を考究しようじゃないか。こまった。こまった。清水忠治。太宰先生、か。」


 月日。

「冠省。へんな話ですが、お金が必要なんじゃないですか? 二百八十円を限度として、東京朝日新聞よろず案内欄へ、ジュムゲジュムゲジュムゲのポンタン百円、(もしくは二百円でも、御入り用なだけ)食いたい。呑みたい。イモクテネ。と小さい広告おだしになれば、その日のうちにお金、お送り申します。五年まえ、おたがいに帝大の学生でした。あなたは藤棚の下のベンチに横たわり、いい顔をして、昼寝していました。私の名は、カメよカメよ、と申します。」


 月日。

「きょうは妙に心もとない手紙拝見。熱の出る心配があるのにビイルをのんだというのは君の手落ちではないかと考えます。君に酒をのむことを教えたのは僕ではないかと思いますが、万一にも君が酒で失敗したなら僕の責任のような気がして僕は甚だ心苦しいだろう。すっかり健康になるまで酒はしたまえ。もっとも酒について僕は人に何も言う資格はない。君の自重をうながすだけのことである。送金を減らされたそうだが、減らされただけ生活をきりつめたらどんなものだろう。生活くらい伸びちぢみ自在になるものはない。至極簡単である。原稿もそろそろ売れて来るようになったので、書きなぐらないように書きためて大きい雑誌に送ること重要事項である。君は世評を気にするから急にさびしくなったりするのかもしれない。押し強くなくては自滅する。春になったら房州南方に移住して、漁師の生活など見ながら保養するのも一得ではないかと思います。いずれは仕事に区切りがついたら萱野かやの君といっしょに訪ねたいと思います。しばらく会わないので萱野君の様子はわからない。きょう、只今徹夜にて仕事中、後略のまま。津島修二様。早川生。」

表記等について

  1. 読みやすさを優先し、原則として旧仮名遣いを新仮名遣いに改めるほか常用漢字表の新字体を使用するが、原文に文語文がある場合はそのかぎりではない。
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  5. ITmedia 名作文庫は、散文作品(小説、随筆、評論、日記等)を主体とする。なるべく初刊本に近いものを底本に選び、全集等、先人たちの校訂を参照する。著者の死後50年を過ぎた作品群の中には、21世紀の今日の観点からみると、差別を始めとした不適切な表現ないしは同表現ととられかねない箇所が見受けられることがあるが、原文の歴史的価値を鑑みて底本どおりとする。

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虚構の彷徨 ダス・ゲマイネ

『晩年』(砂子屋書房、1936年6月)に続き、1937年6月1日、新潮社から刊行された前衛的な第二著作集です。師匠の佐藤春夫に命名された「虚構の彷徨」は「道化の華」「狂言の神」「虚構の春」で構成される三部作。「虚構の春」では友人・知人からの手紙をコラージュし、「ダス・ゲマイネ」では「太宰治とかいうわかい作家」を登場させるなど、前衛的な創作手法に挑戦しています。ITmedia 名作文庫では新潮社版を底本に、巻頭に解説「俗っぽさに賭ける痛切な青春」(北条一浩)を収録しました。2010年の常用漢字改定に照らし合わせ現代仮名遣いへ改めるとともに、常用外漢字にはルビを振り読みやすくした縦書版電子書籍です。