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道化の華(9) (1/3)

 夜のしらじらと明けはなれたころ、二人はもう起きてしまった。葉蔵はきょう退院するのである。僕は、この日の近づくことを恐れていた。それは愚作者のだらしない感傷であろう。この小説を書きながら僕は、葉蔵を救いたかった。いや、このバイロンに化け損ねた一匹の泥きつねを許してもらいたかった。それだけが苦しいなかの、ひそかな祈願であった。しかしこの日の近づくにつれ、僕は前にもまして荒涼たる気配のふたたび葉蔵を、僕をしずかに襲って来たのを覚えるのだ。この小説は失敗である。なんの飛躍もない、なんの解脱もない。僕はスタイルをあまり気にしすぎたようである。そのためにこの小説は下品にさえなっている。たくさんの言はでものことを述べた。しかも、もっと重要なことがらをたくさん言い落としたような気がする。これはきざな言いかたであるが、僕が長生きして、幾年かのちにこの小説を手に取るようなことでもあるならば、僕はどんなにみじめだろう。おそらくは一頁も読まぬうちに僕は堪えがたい自己嫌悪におののいて、巻を伏せるにきまっている。いまでさえ、僕は、まえを読みかえす気力がないのだ。ああ、作家は、おのれのすがたをむき出しにしてはいけない。それは作家の敗北である。美しい感情をもって、人は、悪い文学を作る。僕は三度この言葉を繰りかえす。そして、承認を与えよう。

 僕は文学を知らぬ。もいちど始めから、やり直そうか。君、どこから手をつけていったらよいやら。

 僕こそ、渾沌と自尊心とのかたまりでなかったろうか。この小説も、ただそれだけのものでなかったろうか。ああ、なぜ僕はすべてに断定をいそぐのだ。すべての思念にまとまりをつけなければ生きて行けない、そんなけちな根性をいったい誰から教わった?

 書こうか。青松園の最後の朝を書こう。なるようにしかならぬのだ。

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虚構の彷徨 ダス・ゲマイネ

『晩年』(砂子屋書房、1936年6月)に続き、1937年6月1日、新潮社から刊行された前衛的な第二著作集です。師匠の佐藤春夫に命名された「虚構の彷徨」は「道化の華」「狂言の神」「虚構の春」で構成される三部作。「虚構の春」では友人・知人からの手紙をコラージュし、「ダス・ゲマイネ」では「太宰治とかいうわかい作家」を登場させるなど、前衛的な創作手法に挑戦しています。ITmedia 名作文庫では新潮社版を底本に、巻頭に解説「俗っぽさに賭ける痛切な青春」(北条一浩)を収録しました。2010年の常用漢字改定に照らし合わせ現代仮名遣いへ改めるとともに、常用外漢字にはルビを振り読みやすくした縦書版電子書籍です。