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道化の華(8) (1/4)

「あそこだよ。あの岩だよ。」

 葉蔵は梨の木の枯れ枝のあいだからちらちら見える大きなひらたい岩を指さした。岩のくぼみにはところどころ、きのうの雪がのこっていた。

「あそこから、はねたのだ。」葉蔵は、おどけものらしく眼をくるくると丸くして言うのである。

 小菅は、だまっていた。ほんとうに平気で言っているのかしら、と葉蔵のこころを忖度そんたくしていた。葉蔵も平気で言っているのではなかったが、しかしそれを不自然でなく言えるほどの伎量をもっていたのである。

「かえろうか。」飛騨は、着物の裾を両手でぱっとはしょった。

 三人は、砂浜をひっかえしてあるきだした。海は凪いでいた。まひるの日を受けて、白く光っていた。

 葉蔵は、海へ石をひとつ放った。

「ほっとするよ。いま飛びこめば、もうなにもかも問題でない。借金も、アカデミイも、故郷も、後悔も、傑作も、恥も、マルキシズムも、それから友だちも、森も花も、もうどうだっていいのだ。それに気がついたときは、僕はあの岩のうえで笑ったな。ほっとするよ。」

 小菅は、高奮をかくそうとして、やたらに貝を拾いはじめた。

「誘惑するなよ。」飛騨はむりに笑いだした。「わるい趣味だ。」

 葉蔵も笑いだした。三人の足音がさくさくと気持ちよく皆の耳へひびく。

「怒るなよ。いまのはちょっと誇張があったな。」葉蔵は飛騨と肩をふれ合わせながらあるいた。「けれども、これだけは、ほんとうだ。女がねえ、飛び込むまえにどんなことを囁いたか。」

 小菅は好奇心に燃えた眼をずるそうに細め、わざと二人から離れて歩いていた。

「まだ耳についている。田舎の言葉で話がしたいな、と言うのだ。女の国は南のはずれだよ。」

「いけない! 僕にはよすぎる。」

「ほんと。君、ほんとうだよ。ははん。それだけの女だ。」

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虚構の彷徨 ダス・ゲマイネ

『晩年』(砂子屋書房、1936年6月)に続き、1937年6月1日、新潮社から刊行された前衛的な第二著作集です。師匠の佐藤春夫に命名された「虚構の彷徨」は「道化の華」「狂言の神」「虚構の春」で構成される三部作。「虚構の春」では友人・知人からの手紙をコラージュし、「ダス・ゲマイネ」では「太宰治とかいうわかい作家」を登場させるなど、前衛的な創作手法に挑戦しています。ITmedia 名作文庫では新潮社版を底本に、巻頭に解説「俗っぽさに賭ける痛切な青春」(北条一浩)を収録しました。2010年の常用漢字改定に照らし合わせ現代仮名遣いへ改めるとともに、常用外漢字にはルビを振り読みやすくした縦書版電子書籍です。