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津軽通信(3)親という二字 (1/3)

 おやという二字と無筆の親は言い。この川柳せんりゅうは、あわれである。

「どこへ行って、何をするにしても、親という二字だけは忘れないでくれよ。」

「チャンや。親という字は一字だよ。」

「うんまあ、仮に一字が三字であってもさ。」

 この教訓は、駄目である。

 しかし私は、いま、ここで柳多留やなぎだるの解説を試みようとしているのではない。実は、こないだ或る無筆の親にい、こんな川柳などを、ふっと思い出したというだけの事なのである。

 罹災したおかたには皆おぼえがある筈だが、罹災をすると、へんに郵便局へ行く用事が多くなるものである。私が二度も罹災して、とうとう津軽の兄の家へ逃げ込んで居候という身分になったのであるが、簡易保険だの債券売却だのの用事でちょいちょい郵便局に出向き、また、ほどなく私は、仙台の新聞に「パンドラのはこ」という題の失恋小説を連載する事になって、その原稿発送やら、電報の打ち合わせやらで、いっそう郵便局へ行く度数が頻繁になった。

 れいの無筆の親と知り合いになったのは、その郵便局のベンチに於いてである。

 郵便局は、いつもなかなか混んでいる。私はベンチに腰かけて、私の順番を待っている。

「ちょっと、旦那だんな、書いてくれや。」

 おどおどして、そうして、どこかずるそうな、顔もからだもひどく小さいじいさんだ。大酒飲みに違いない、と私は同類の敏感で、ひとめ見て断じた。顔の皮膚があおすさんで、鼻が赤い。

 私は無言で首肯うなずいてベンチから立ち上がり、郵便局備附けの硯箱すずりばこのほうへ行く。貯金通帳と、払戻用紙(かれはそれを、うけ出しの紙と言っている)それから、ハンコと、三つを示され、そうして、「書いてくれや」と言われたら、あとは何も聞かずともわかる。

「いくら?」

「四拾円。」

 私はその払戻用紙に四拾円也としたため、それから通帳の番号、住所、氏名を書き記す。通帳には旧住所の青森市何町何番地というのに棒が引かれて、新住所の北津軽郡金木町何某方というのがその傍に書き込まれていた。青森市で焼かれてこちらへ移って来たひとかも知れないと安易に推量したが、果たしてそれは当たっていた。そうして、氏名は、

 竹内トキ

 となっていた。女房の通帳かしら、くらいに思っていたが、しかし、それは違っていた。

 かれは、それを窓口に差し出し、また私と並んでベンチに腰かけて、しばらくすると、別の窓口から現金支払い係の局員が、

「竹内トキさん。」

 と呼ぶ。

「あい。」

 と爺さんは平気で答えて、その窓口へ行く。

「竹内トキさん。四拾円。御本人ですか?」

 と局員が尋ねる。

「そうでごいせん。娘です。あい。わしの末娘でごいす。」

「なるべくなら、御本人をよこして下さい。」

 と言いながら、局員は爺さんにお金を手渡す。

 かれは、お金を受け取り、それから、へへん、というように両肩をちょっと上げ、いかにもずるそうに微笑ほほえんで私のところへ来て、

「御本人は、あの世へ行ったでごいす。」

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戦後、掌を返したような世の中の風潮に憤った太宰治はその怒りを戯曲の形で作品化しました。1946年「展望」6月号に発表された「冬の花火」と同年9月号の「人間」に発表された「春の枯葉」です。ITmedia 名作文庫では『冬の花火』(中央公論社、1947年7月5日発行)を底本に、この2作と「苦悩の年鑑」、「未帰還の友に」、「チャンス」、5つの掌編をまとめた「津軽通信」、そして巻頭に解説「戦後日本へのぬぐいがたい違和感」(北条一浩)を収録しました。2010年の常用漢字改定に照らし合わせ人名ともに現代仮名遣いへ改めるとともに、常用外漢字にはルビを振り読みやすくした縦書版電子書籍です。