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津軽通信(2)やんぬる哉 (1/3)

 こちら(津軽)へ来てから、昔の、小学校時代の友人が、ちょいちょい訪ねて来てくれる。私は小学校時代には、同級生たちの間でいささか勢威をたくましゅうしていたところがあったようで、「何せ昔の親分だから」なんて、笑いながら言う町会議員などもある。同級生たちはもうみんな分別くさい顔の親父になって、町会議員やらお百姓さんやら校長先生やらになりすまし、どうやら一財産こしらえた者みたいに落ちつき払っている。しかし、だんだん話し合ってみると、私の同級生は、たいてい大酒飲みで、おまけに女好きという事がわかり、互にあきれ、大笑いであった。

 小学校時代の友人とは、共に酒を飲んでも楽しいが、中学校時代の友人とはって話しても妙に窮屈だ。相手が、いやに気取っている。私を警戒しているようにさえ見える。そんなら何も私なんかと逢ってくれなくてもよさそうなものだが、この町の知識人としての一応の仁義と心得ているのか、わざわざ私に会見を申し込む。

 ついせんだっても、この町の病院に勤めている一医師から電話が掛かって来て、今晩粗飯を呈したいから遊びに来いとの事であった。この医師は、私と中学校の同級生であったと、かねがね私の親戚の者たちに言っているそうであるが、私にはその人と中学時代に遊んだ記憶はあまり無い。名前を聞いて、ぼんやりその人の顔を思い出す程度である。あるいは、彼は、私より一級上であったのが、三学年か四学年の時にいちど落第をして、それで私と同級生になったのではなかったかしら、とも私は思っている。どうも、そうだったような気もする。とにかく、その人と私とは、馴染なじみが薄かった。

 私はその人から晩ごはんのごちそうになるのはどうにも苦痛だったので、お昼ちょっと過ぎ、町はずれの彼の私宅にあやまりに行った。その日は日曜であったのだろう、彼は、ドテラ姿で家にいた。

晩餐会ばんさんかいは中止にして下さい。どうも、考えてみると、この物資不足の時に、僕なんかにごちそうするなんて、むだですよ。つまらないじゃありませんか。」

「残念です。あいにく只今、細君も外出して、なに、すぐに帰るはずですがね、困りました。お電話を差し上げて、かえって失礼したようなものですね。」

 私は往来に面した二階のヴェランダに通された。その日は、お天気がよかった。この地方に於いて、それがもう最後の秋晴れであった。あとはもう、陰鬱な曇天つづきで木枯らしの風ばかり吹きすさぶ。

「実はね、」と医師はへんな微笑を浮かべ、「配給のリンゴ酒が二本ありましてね、僕は飲まないのですが、君に一つ召し上がっていただいて、ゆっくり東京の空襲の話でも聞きたいと考えていたのです。」

 おおかた、そんなところだろうと思っていた。だから、こうして断りに来たのだ。リンゴ酒二本でそんなに「ゆっくり」つまらぬ社交のお世辞を話したり聞いたりして、窮屈きわまる思いをさせられてはかなわない。

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冬の花火

戦後、掌を返したような世の中の風潮に憤った太宰治はその怒りを戯曲の形で作品化しました。1946年「展望」6月号に発表された「冬の花火」と同年9月号の「人間」に発表された「春の枯葉」です。ITmedia 名作文庫では『冬の花火』(中央公論社、1947年7月5日発行)を底本に、この2作と「苦悩の年鑑」、「未帰還の友に」、「チャンス」、5つの掌編をまとめた「津軽通信」、そして巻頭に解説「戦後日本へのぬぐいがたい違和感」(北条一浩)を収録しました。2010年の常用漢字改定に照らし合わせ人名ともに現代仮名遣いへ改めるとともに、常用外漢字にはルビを振り読みやすくした縦書版電子書籍です。