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津軽通信(1)庭 (1/4)

 東京の家は爆弾でこわされ、甲府こうふ市の妻の実家に移転したが、この家が、こんどは焼夷弾しょういだんでまるやけになったので、私と妻と五歳の女児と二歳の男児と四人が、津軽つがるの私の生まれた家に行かざるを得なくなった。津軽の生家では父も母も既になくなり、私より十以上も年上の長兄が家を守っている。そんなに、二度も罹災りさいする前に、もっと早く故郷へ行っておればよかったのにと仰言おっしゃるお方もあるかも知れないが、私は、どうも、二十代に於いて肉親たちのつらよごしの行為をさまざまして来たので、いまさら図々ずうずうしく長兄の厄介になりに行けない状態であったのである。しかし、二度も罹災して二人の幼児をかかえ、もうどこにも行くところが無くなったので、まあ、当たってくだけろという気持ちで、ヨロシクタノムという電報を発し、七月の末に甲府を立った。そうして途中かなりの難儀をして、たっぷり四昼夜かかって、やっと津軽の生家に着いた。生家では皆、笑顔をもって迎えてくれた。私のお膳には、お酒もついた。

 しかし、この本州の北端の町にも、艦載機かんさいきが飛んで来て、さかんに爆弾を落として行く。私は生家に着いたあくる日から、野原に避難小屋を作る手伝いなどした。

 そうして、ほどなくあの、ラジオの御放送である。

 長兄はその翌る日から、庭の草むしりをはじめた。私も手伝った。

「わかい頃には、」と兄は草をむしりながら、「庭に草のぼうぼうと生えているのも趣があるとも思ったものだが、としをとって来ると、一本の草でも気になっていけない。」

 それでは私なども、まだこれでも、若いのであろうか。草ぼうぼうの廃園は、きらいでない。

「しかし、これくらいの庭でも、」と兄は、ひとりごとのように低く言いつづける。「いつも綺麗きれいにして置こうと思えば、庭師を一日もかかさず入れていなければならない。それにまた、庭木の雪がこいが、たいへんだ。」

「やっかいなものですね。」と居候いそうろうの弟は、おっかなびっくり合槌あいづちを打つ。

 兄は真面目に、

「昔は出来たのだが、いまは人手も無いし、何せ爆弾騒ぎで、庭師どころじゃなかった。この庭もこれで、出鱈目でたらめの庭ではないのだ。」

「そうでしょうね。」弟には、庭の趣味があまりない。何せ草ぼうぼうの廃園なんかを、美しいと思って眺める野蛮人だ。

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冬の花火

戦後、掌を返したような世の中の風潮に憤った太宰治はその怒りを戯曲の形で作品化しました。1946年「展望」6月号に発表された「冬の花火」と同年9月号の「人間」に発表された「春の枯葉」です。ITmedia 名作文庫では『冬の花火』(中央公論社、1947年7月5日発行)を底本に、この2作と「苦悩の年鑑」、「未帰還の友に」、「チャンス」、5つの掌編をまとめた「津軽通信」、そして巻頭に解説「戦後日本へのぬぐいがたい違和感」(北条一浩)を収録しました。2010年の常用漢字改定に照らし合わせ人名ともに現代仮名遣いへ改めるとともに、常用外漢字にはルビを振り読みやすくした縦書版電子書籍です。