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チャンス(2) (1/3)

 あれは私が弘前ひろさきの高等学校にはいって、その翌年の二月のはじめ頃だったのではなかったかしら、とにかく冬の、しかも大寒の頃の筈である。どうしても大寒の頃でなければならぬわけがあるのだが、しかし、そのわけは、あとで言う事にして、何の宴会であったか、四五十人の宴会が弘前の或る料亭でひらかれ、私が文字どおりその末席に寒さにふるえながら坐っていた事から、この話をはじめたほうがよさそうである。

 あれは何の宴会であったろう。何か文芸に関係のある宴会だったような気もする。弘前の新聞記者たち、それから町の演劇研究会みたいなもののメンバー、それから高等学校の先生、生徒など、いろいろな人たちで、かなり多人数の宴会であった。高等学校の生徒でそこに出席していたのは、ほとんど上級生ばかりで、一年生は、私ひとりであったような気がする。とにかく、私は末席であった。かすりの着物にはかまをはいて、小さくなって坐っていた。芸者が私の前に来て坐って、

「お酒は? 飲めないの?」

「だめなんだ。」

 当時、私はまだ日本酒が飲めなかった。あのにおいがいやでたまらなかった。ビイルも飲めなかった。にがくて、とても、いけなかった。ポートワインとか、白酒とか、甘味のある酒でなければ飲めなかった。

「あなたは、義太夫ぎだゆうをおすきなの?」

「どうして?」

「去年の暮れに、あなたは小土佐ことさを聞きにいらしてたわね。」

「そう。」

「あの時、あたしはあなたの傍にいたのよ。あなたは稽古本けいこぼんなんか出して、何だか印をつけたりして、きざだったわね。お稽古も、やってるの?」

「やっている。」

「感心ね。お師匠さんは誰?」

咲栄太夫さきえだゆうさん。」

「そう。いいお師匠さんについたわね。あのかたは、この弘前では一ばん上手よ。それにおとなしくて、いいひとだわ。」

「そう。いいひとだ。」

「あんなひと、すき?」

「師匠だもの。」

「師匠だからどうなの?」

「そんな、すきだのきらいだのって、あのひとに失敬だ。あのひとは本当にまじめなひとなんだ。すきだのきらいだの。そんな、馬鹿な。」

「おや、そうですか。いやに固苦しいのね。あなたはこれまで芸者遊びをした事なんかあるの?」

「これからやろうと思っている。」

「そんなら、あたしを呼んでね、あたしの名はね、おしのというのよ。忘れないようにね。」

 昔のくだらない花柳かりゅう小説なんていうものに、よくこんな場面があって、そうして、それが「妙な縁」という事になり、そこから恋愛がはじまるという陳腐な趣向が少なくなかったようであるが、しかし、私のこの体験談に於いては、何の恋愛もはじまらなかった。したがってこれはちっとも私のおのろけというわけのものではないから、読者も警戒御無用にしていただきたい。

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冬の花火

戦後、掌を返したような世の中の風潮に憤った太宰治はその怒りを戯曲の形で作品化しました。1946年「展望」6月号に発表された「冬の花火」と同年9月号の「人間」に発表された「春の枯葉」です。ITmedia 名作文庫では『冬の花火』(中央公論社、1947年7月5日発行)を底本に、この2作と「苦悩の年鑑」、「未帰還の友に」、「チャンス」、5つの掌編をまとめた「津軽通信」、そして巻頭に解説「戦後日本へのぬぐいがたい違和感」(北条一浩)を収録しました。2010年の常用漢字改定に照らし合わせ人名ともに現代仮名遣いへ改めるとともに、常用外漢字にはルビを振り読みやすくした縦書版電子書籍です。