» 公開

雀こ (1/3)

井伏鱒二いぶせますじへ。津軽の言葉で。


長え長え昔噺むがしこ、知らへがな。
山の中にとちの木いっぽんあったずおん。
そのてっぺんさ、からす一羽来てとまったずおん。
からすあ、があてけば、橡の実あ、一つぼたんて落づるずおん。
また、からすあ、があて啼けば、橡の実あ、一つぼたんて落づるずおん。
また、からすあ、があて啼けば、橡の実あ、一つぼたんて落づるずおん。
..............................

 ひとかたまりの童児わらわふろい野はらに火三昧ひざんまいして遊びふけっていたずおん。春になればし、雪こ溶け、ふろいふろい雪の原のあちこちゆ、ふろ野の黄はだの色の芝生こさ青い新芽の萌えいで来るはで、おらの国のわらわ、黄はだの色の古し芝生こさ火をつけ、そればさ野火と申して遊ぶのだおん。そした案配こ、おたがい野火をしへだて、わらわ、ふた組にわかれていたずおん。かたかたの五六人、声をしそろえて歌ったずおん。

 ――雀、雀、雀こ、うし。

 ほかの方図ほずのわらわ、それさ応え、

 ――どの雀、欲うし?

 て歌ったとせえ。

 そこでもってし、雀こ欲うして歌った方図のわらわ、打ち寄り、もめたずおん。

 ――誰をし貰ればええべがな?

 ――はにやすのヒサこと貰れば、どうだべ?

 ――鼻たれて、きたなきも。

 ――タキだば、ええねし。

 ――女くされ、おかしじゃよ。

 ――タキは、ええべせえ。

 ――そうだべがな。

 そうした案配こ、とうとうタキこと貰るようにきまったずおん。

 ――みぎりのはずれの雀こ欲うし。

 て、歌ったもんだずおん。

 タキの方図では、心根っこわるくかかったとせえ。

 ――羽こ、ねえはでれらえね。

 ――羽こ呉れるはで飛んで来い。

 こちで歌ったどもし、向こうの方図で調子ばあわれに、また歌ったずおん。

 ――杉の木、火事で行かえない。

 したどもし、こちの方図では、やたら欲しくて歌ったとせえ。

 ――その火事よけて飛んで来い。

表記等について

  1. 読みやすさを優先し、原則として旧仮名遣いを新仮名遣いに改めるほか常用漢字表の新字体を使用するが、原文に文語文がある場合はそのかぎりではない。
  2. 常用漢字表にない漢字、当て字、異字は初出時に振り仮名を付ける。
  3. 難読語で原文を損なうおそれが少ないと思われるものについては仮名に改める。
  4. 振り仮名はブラウザによって表示が異なる。ChromeとInternet Explorerでは文字の上に振り仮名が振られる「ルビ表示」となるが、Firefoxでは文字の後に()で表示される。文字を強調する傍点は、FirefoxとInternet Explorerでは太字で表示される。
  5. ITmedia 名作文庫は、散文作品(小説、随筆、評論、日記等)を主体とする。なるべく初刊本に近いものを底本に選び、全集等、先人たちの校訂を参照する。著者の死後50年を過ぎた作品群の中には、21世紀の今日の観点からみると、差別を始めとした不適切な表現ないしは同表現ととられかねない箇所が見受けられることがあるが、原文の歴史的価値を鑑みて底本どおりとする。

この作品が収録されている電子書籍を読む

晩年

1936年6月25日に砂子屋書房から刊行された太宰治の記念すべき第一著作集です。第一回芥川龍之介賞候補作となった「逆行」を含む15の短編が収録されています。後の著作集に再録されている作品も少くありません。「私はこの短編集一冊のために、十箇年を棒に振った」という太宰。書きまくった「原稿用紙五万枚。そうして残ったのは、辛うじてこれだけである」とは本人の弁。1941年、一部を手直しして、同書房から改版刊行されました。1947年には新潮文庫に登場、その後、出版社各社から刊行され現在に至っています。ITmedia 名作文庫では、巻頭に解説「俗出発点にあったバリエーションを愉しむ」(北条一浩)を収録し、2010年の常用漢字改定に照らし合わせ現代仮名遣いへ改めるとともに、常用外漢字にはルビを振り読みやすくした縦書版電子書籍をお届けします。(近日刊行予定)