» 公開

思い出(3) (1/4)

三章

 四年生になってから、私の部屋へは毎日のようにふたりの生徒が遊びに来た。私は葡萄ぶどう酒とするめをふるまった。そうして彼等に多くの出鱈目を教えたのである。炭のおこしかたに就いて一冊の書物が出ているとか、「けだものの機械」という或る新進作家の著書に私がべたべたと機械油を塗って置いて、こうして発売されているのだが、珍しい装幀でないかとか、「美貌の友」という翻訳本のところどころカットされて、そのブランクになっている箇所へ、私のこしらえたひどい文章を、知っている印刷屋へ秘密にたのんで刷りいれてもらって、これは奇書だとか、そんなことを言って友人たちを驚かせたものであった。

 みよの思い出も次第にうすれていたし、そのうえに私は、ひとつうちに居る者どうしが思ったり思われたりすることを変にうしろめたく感じていたし、ふだんから女の悪口ばかり言って来ている手前もあったし、みよに就いてたとえほのかにでも心を乱したのが腹立しく思われるときさえあったほどで、弟にはもちろん、これらの友人たちにもみよの事だけは言わずに置いたのである。

 ところが、そのあたり私は、ある露西亜の作家の名だかい長編小説を読んで、また考え直して了った。それは、ひとりの女囚人の経歴から書き出されていたが、その女のいけなくなる第一歩は、彼女の主人の甥にあたる貴族の大学生に誘惑されたことからはじまっていた。私はその小説のもつと大きなあじわいを忘れて、そのふたりが咲き乱れたライラックの花の下で最初の接吻を交わしたペエジに私の枯れ葉の枝折りをはさんでおいたのだ。私もまた、すぐれた小説をよそごとのようにして読むことができなかったのである。私には、そのふたりがみよと私とに似ているような気分がしてならなかった。私がいま少しすべてにあつかましかったら、いよいよ此の貴族とそっくりになれるのだ、と思った。そう思うと私の臆病さがはかなく感じられもするのである。こんな気のせせこましさが私の過去をあまりに平坦にしてしまったのだと考えた。私自身で人生のかがやかしい受難者になりたく思われたのである。

 私は此のことをまず弟へ打ち明けた。晩に寝てから打ち明けた。私は厳粛な態度で話すつもりであったが、そう意識してこしらえた姿勢が逆に邪魔をして来て、結局うわついた。私は、頸筋をさすったり両手をもみ合せたりして、気品のない話かたをした。そうしなければかなわぬ私の習性を私は悲しく思った。弟は、うすい下唇をちろちろ舐めながら、寝がえりもせず聞いていたが、けっこんするのか、と言いにくそうにして尋ねた。私はなぜだかぎょっとした。できるかどうか、とわざとしおれて答えた。弟は、恐らくできないのではないかという意味のことを案外なおとなびた口調でまわりくどく言った。それを聞いて、私は自分のほんとうの態度をはっきり見つけた。私はむっとして、たけりたけったのである。蒲団から半身を出して、だからたたかうのだ、たたかうのだ、と声をひそめて強く言い張った。弟は更紗染めの蒲団の下でからだをくねくねさせて何か言おうとしているらしかったが、私の方を盗むようにして見て、そっと微笑んだ。私も笑い出した。そして、門出だから、と言いつつ弟の方へ手を差し出した。弟も恥ずかしそうに蒲団から右手を出した。私は低く声を立てて笑いながら、二三度弟の力ない指をゆすぶった。

 しかし、友人たちに私の決意を承認させるときには、こんな苦心をしなくてよかった。友人たちは私の話を聞きながら、あれこれと思案をめぐらしているような恰好をして見せたが、それは、私の話がすんでからそれへの同意に効果を添えようためのものでしかないのを、私は知っていた。じじつその通りだったのである。

 四年生のときの夏やすみには、私はこの友人たちふたりをつれて故郷へ帰った。うわべは、三人で高等学校への受験勉強を始めるためであったが、みよを見せたい心も私にあって、むりやりに友をつれて来たのである。私は、私の友がうちの人たちに不評判でないように祈った。私の兄たちの友人は、みんな地方でも名のある家庭の青年ばかりだったから、私の友のように金ボタンのふたつしかない上着などを着てはいなかったのである。

 裏の空屋敷には、そのじぶん大きな鶏舎が建てられていて、私たちはその傍の番小屋で午前中だけ勉強した。番小屋の外側は白と緑のペンキでいろどられて、なかは二坪ほどの板の間で、まだ新しいワニス塗りの卓子や椅子がきちんとならべられていた。ひろい扉が東側と北側に二つもついていたし、南側にも洋ふうの開窓があって、それを皆いっぱいに明け放すと、風がどんどんはいって来て書物のペエジがいつもぱらぱらとそよいでいるのだ。まわりには雑草がむかしのままに生えしげっていて、黄いろい雛が何十羽となくその草の間に見えかくれしつつ遊んでいた。

 私たち三人はひるめしどきを楽しみにしていた。その番小屋へ、どの女中が、めしを知らせに来るかが問題であったのである。みよでない女中が来れば、私たちは卓をぱたぱた叩いたり舌打ちしたりして大騒ぎをした。みよが来ると、みんなしんとなった。そして、みよが立ち去るといっせいに吹き出したものであった。或る晴れた日、弟も私たちと一緒にそこで勉強をしていたが、ひるになって、きょうは誰が来るだろう、といつものように皆で語り合った。弟だけは話からはずれて、窓ぎわをぶらぶら歩きながら英語の単語を暗記していた。私たちは色んな冗談を言って、書物を投げつけ合ったり足踏みして床を鳴らしていたが、そのうちに私は少しふざけ過ぎて了った。私は弟をも仲間にいれたく思って、お前はさっきから黙っているが、さては、と唇を軽くかんで弟をにらんでやったのである。すると弟は、いや、と短く叫んで右手を大きく振った。持っていた単語のカアドが二三枚ぱっと飛び散った。私はびっくりして視線をかえた。そのとっさの間に私は気まずい断定を下した。みよの事はきょう限りよそうと思った。それからすぐ、なにごともなかったように笑い崩れた。

 その日めしを知らせに来たのは、仕合わせと、みよでなかった。母屋へ通る豆畑のあいだの狭い道を、てんてんと一列につらなって歩いて行く皆のうしろへついて、私は陽気にはしゃぎながら豆の丸い葉を幾枚も幾枚もむしりとった。

表記等について

  1. 読みやすさを優先し、原則として旧仮名遣いを新仮名遣いに改めるほか常用漢字表の新字体を使用するが、原文に文語文がある場合はそのかぎりではない。
  2. 常用漢字表にない漢字、当て字、異字は初出時に振り仮名を付ける。
  3. 難読語で原文を損なうおそれが少ないと思われるものについては仮名に改める。
  4. 振り仮名はブラウザによって表示が異なる。ChromeとInternet Explorerでは文字の上に振り仮名が振られる「ルビ表示」となるが、Firefoxでは文字の後に()で表示される。文字を強調する傍点は、FirefoxとInternet Explorerでは太字で表示される。
  5. ITmedia 名作文庫は、散文作品(小説、随筆、評論、日記等)を主体とする。なるべく初刊本に近いものを底本に選び、全集等、先人たちの校訂を参照する。著者の死後50年を過ぎた作品群の中には、21世紀の今日の観点からみると、差別を始めとした不適切な表現ないしは同表現ととられかねない箇所が見受けられることがあるが、原文の歴史的価値を鑑みて底本どおりとする。

この作品が収録されている電子書籍を読む

晩年

1936年6月25日に砂子屋書房から刊行された太宰治の記念すべき第一著作集です。第一回芥川龍之介賞候補作となった「逆行」を含む15の短編が収録されています。後の著作集に再録されている作品も少くありません。「私はこの短編集一冊のために、十箇年を棒に振った」という太宰。書きまくった「原稿用紙五万枚。そうして残ったのは、辛うじてこれだけである」とは本人の弁。1941年、一部を手直しして、同書房から改版刊行されました。1947年には新潮文庫に登場、その後、出版社各社から刊行され現在に至っています。ITmedia 名作文庫では、巻頭に解説「俗出発点にあったバリエーションを愉しむ」(北条一浩)を収録し、2010年の常用漢字改定に照らし合わせ現代仮名遣いへ改めるとともに、常用外漢字にはルビを振り読みやすくした縦書版電子書籍をお届けします。(近日刊行予定)