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思い出(1) (1/6)

一章

 黄昏のころ私は叔母と並んで門口に立っていた。叔母は誰かをおんぶしているらしく、ねんねこを着て居た。その時の、ほのぐらい街路の静けさを私は忘れずにいる。叔母は、てんしさまがお隠れになったのだ、と私に教えて、生き神様、と言い添えた。いきがみさま、と私も興深げに呟いたような気がする。それから、私は何か不敬なことを言ったらしい。叔母は、そんなことを言うものでない、お隠れになったと言え、と私をたしなめた。どこへお隠れになったのだろう、と私は知っていながら、わざとそう尋ねて叔母を笑わせたのを思い出す。

 私は明治四十二年の夏の生まれであるから、の大帝崩御のときは数えどしの四つをすこし越えていた。多分おなじ頃の事であったろうと思うが、私は叔母とふたりで私の村から二里ほどはなれたる村の親類の家へ行き、そこで見た滝を忘れない。滝は村にちかい山の中にあった。青々と苔の生えた崖から幅の広い滝がしろく落ちていた。知らない男の人の肩車に乗って私はそれを眺めた。何かの社がそばにあって、その男の人が私にそこのさまざまな絵馬を見せたが私は段々とさびしくなって、がちゃ、がちゃ、と泣いた。私は叔母をがちゃと呼んでいたのである。叔母は親類のひとたちと遠くの窪地に毛氈を敷いて騒いでいたが、私の泣き声を聞いて、いそいで立ち上がった。そのとき毛氈が足にひっかかったらしく、お辞儀でもするようにからだを深くよろめかした。他のひとたちはそれを見て、酔った、酔ったと叔母をはやしたてた。私は遥かはなれてこれを見おろし、口惜くやしくて口惜しくて、いよいよ大声を立てて泣き喚いた。またある夜、叔母が私を捨てて家を出て行く夢を見た。叔母の胸は玄関のくぐり戸いっぱいにふさがっていた。その赤くふくれた大きい胸から、つぶつぶの汗がしたたっていた。叔母は、お前がいやになった、とあらあらしく呟くのである。私は叔母のその乳房に頬をよせて、そうしないでけんせ、と願いつつしきりに涙を流した。叔母が私を揺り起こした時は、私は床の中で叔母の胸に顔を押しつけて泣いていた。が覚めてからも、私はまだまだ悲しくて永いことすすり泣いた。けれども、その夢のことは叔母にも誰にも話さなかった。

 叔母についての追憶はいろいろとあるが、その頃の父母の思い出は生憎と一つも持ち合わせない。曾祖母、祖母、父、母、兄三人、姉四人、弟一人、それに叔母と叔母の娘四人の大家族だった筈であるが、叔母を除いて他のひとたちの事は私も五六歳になるまでは殆ど知らずにいたと言ってよい。広い裏庭に、むかし林檎の大木が五六本あったようで、どんよりと曇った日、それらの木に女の子が多人数で昇って行った有様や、そのおなじ庭の一隅に菊畑があって、雨の降っていたとき、私はやはり大勢の女の子らと傘さし合って菊の花の咲きそろっているのを眺めたことなど、かすかに覚えて居るけれど、あの女の子らが私の姉や従姉たちだったのかも知れない。

 六つ七つになると思い出もはっきりしている。私がたけという女中から本を読むことを教えられ二人で様々の本を読み合った。たけは私の教育に夢中であった。私は病身だったので、寝ながらたくさん本を読んだ。読む本がなくなればたけは村の日曜学校などから子供の本をどしどし借りて来て私に読ませた。私は黙読することを覚えていたので、いくら本を読んでも疲れないのだ。たけは又、私に道徳を教えた。お寺へ屡々しばしば連れて行って、地獄極楽の御絵掛地を見せて説明した。火をけた人は赤い火のめらめら燃えている籠を脊負せおわされ、めかけ持った人は二つの首のある青い蛇にからだを巻かれて、せつながっていた。血の池や、針の山や、無間奈落という白い煙のたちこめた底知れぬ深い穴や、到るところで、蒼白く痩せたひとたちが口を小さくあけて泣き叫んでいた。うそけば地獄へ行ってこのように鬼のために舌を抜かれるのだ、と聞かされたときには恐ろしくて泣き出した。

 そのお寺の裏は小高い墓地になっていて、山吹かなにかの生け垣に沿うてたくさんの卒塔婆が林のように立っていた。卒塔婆には、満月ほどの大きさで車のような黒い鉄の輪のついているのがあって、その輪をからからまわして、やがて、そのまま止まってじっと動かないならその廻した人は極楽へ行き、一旦とまりそうになってから、又からんと逆に廻れば地獄へ落ちる、とたけは言った。たけが廻すと、いい音をたててひとしきり廻って、かならずひっそりと止まるのだけれど、私が廻すと後戻りすることがたまたまあるのだ。秋のころと記憶するが、私がひとりでお寺へ行ってその金輪のどれを廻して見ても皆言い合わせたようにからんからんと逆廻りした日があったのである。私は破れかけるかんしゃくだまを抑えつつ何十回となく執拗に廻しつづけた。日が暮れかけて来たので、私は絶望してその墓地から立ち去った。

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晩年

1936年6月25日に砂子屋書房から刊行された太宰治の記念すべき第一著作集です。第一回芥川龍之介賞候補作となった「逆行」を含む15の短編が収録されています。後の著作集に再録されている作品も少くありません。「私はこの短編集一冊のために、十箇年を棒に振った」という太宰。書きまくった「原稿用紙五万枚。そうして残ったのは、辛うじてこれだけである」とは本人の弁。1941年、一部を手直しして、同書房から改版刊行されました。1947年には新潮文庫に登場、その後、出版社各社から刊行され現在に至っています。ITmedia 名作文庫では、巻頭に解説「俗出発点にあったバリエーションを愉しむ」(北条一浩)を収録し、2010年の常用漢字改定に照らし合わせ現代仮名遣いへ改めるとともに、常用外漢字にはルビを振り読みやすくした縦書版電子書籍をお届けします。(近日刊行予定)