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彼は昔の彼ならず(3) (1/3)

 ところが、引っ越して一週間くらいたったころに、青扇とまた逢ってしまった。それが銭湯屋の湯槽ゆぶねのなかである。僕が風呂の流し場に足を踏みいれたとたんに、やあ、と大声をあげたものがいた。ひるすぎの風呂には他のひとの影がなかった。青扇がひとり湯槽につかっていたのである。僕はあわててしまい、あがり湯のカランのまえにしゃがんで石鹸をてのひらに塗り無数の泡を作った。よほどあわてていたものとみえる。はっと気づいたけれど、僕はそれでもわざとゆっくり、カランから湯を出して、てのひらの泡を洗いおとし、湯槽へはいった。

「先晩はどうも。」僕は流石さすがに恥ずかしい思いであった。

「いいえ。」青扇はすましこんでいた。「あなた、これは木曽川の上流ですよ。」

 僕は、青扇の瞳の方向によって、彼が湯槽のうえのペンキ画について言っているのだということを知った。

「ペンキ画のほうがよいのですよ。ほんとうの木曽川よりはね。いいえ。ペンキ画だからよいのでしょう。」そう言いながら僕をふりかえってみて微笑んだ。

「ええ。」僕も微笑んだ。彼の言葉の意味がわからなかったのである。

「これでも苦労したものですよ。良心のある画ですね。これを画いたペンキ屋の奴、この風呂へは、決して来ませんよ。」

「来るのじゃないでしょうか。自分の画を眺めながら、しずかにお湯にひたっているというのもわるくないでしょう。」

 僕のそういったような言葉はどうやら青扇の侮蔑を買ったらしく彼は、さあ、と言ったきりで、自分の両手の手の甲をそろっと並べ、十枚の爪を眺めていた。

 青扇は、さきに風呂から出た。僕は湯槽のお湯にひたりながら、脱衣場にいる青扇をそれとなく見ていた。きょうはねずみいろのつむぎの袷を着ている。彼があまりにも永く自分のすがたを鏡にうつしてみているのには、おどろかされた。やがて、僕も風呂から出たのであるが、青扇は、脱衣場の隅の椅子にひっそり坐って煙草をくゆらしながら僕を待っていてくれた。僕はなんだか息苦しい気持ちがした。ふたり一緒に銭湯屋を出て、みちみち彼はこんなことを呟いた。

「はだかのすがたを見ないうちは気を許せないのです。いいえ。男と男とのあいだのことですよ。」

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晩年

1936年6月25日に砂子屋書房から刊行された太宰治の記念すべき第一著作集です。第一回芥川龍之介賞候補作となった「逆行」を含む15の短編が収録されています。後の著作集に再録されている作品も少くありません。「私はこの短編集一冊のために、十箇年を棒に振った」という太宰。書きまくった「原稿用紙五万枚。そうして残ったのは、辛うじてこれだけである」とは本人の弁。1941年、一部を手直しして、同書房から改版刊行されました。1947年には新潮文庫に登場、その後、出版社各社から刊行され現在に至っています。ITmedia 名作文庫では、巻頭に解説「俗出発点にあったバリエーションを愉しむ」(北条一浩)を収録し、2010年の常用漢字改定に照らし合わせ現代仮名遣いへ改めるとともに、常用外漢字にはルビを振り読みやすくした縦書版電子書籍をお届けします。(近日刊行予定)