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陰火(3)水車 (1/3)

 橋へさしかかった。男はここで引きかえそうと思った。女はしずかに橋を渡った。男も渡った。

 女のあとを追ってここまで歩いて来なければいけなかったわけを、男はあれこれと考えてみた。みれんではなかった。女のからだからはなれたとたんに、男の情熱はからっぽになってしまったはずである。女がだまって帰り仕度をはじめたとき、男は煙草に火を点じた。おのれの手のふるえてもいないのに気が付いて、男はいっそう白白しい心地がした。そのままほって置いてもよかったのである。男は女と一緒に家を出た。

 二人は土堤の細い道を、あとになりさきになりしながらゆっくり歩いた。初夏の夕暮れことである。はこべの花が道の両側にてんてんと白く咲いていた。

 憎くてたまらぬ異性にでなければ関心を持てない一群の不仕合わせな人たちがいる。男もそうであった。女もそうであった。女はきょうも郊外の男の家を訪れて、男の言葉の一つ一つに訳のわからぬ嘲笑を浴びせたのである。男は、女の執拗しつような侮蔑に対して、いまこそ腕力を用いようと決心した。女もそれを察して身構えた。こういうせっぱつまったわななきが、二人のゆがめられた愛欲をあおりたてた。男の力はちがった形式で行われた。めいめいのからだを取り返えしたとき、二人はみじんも愛し合っていない事実をはっきり知らされた。

 こうやって二人ならんで歩いているが、お互いに妥協の許さぬ反発を感じていた。以前にました憎悪を。

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晩年

1936年6月25日に砂子屋書房から刊行された太宰治の記念すべき第一著作集です。第一回芥川龍之介賞候補作となった「逆行」を含む15の短編が収録されています。後の著作集に再録されている作品も少くありません。「私はこの短編集一冊のために、十箇年を棒に振った」という太宰。書きまくった「原稿用紙五万枚。そうして残ったのは、辛うじてこれだけである」とは本人の弁。1941年、一部を手直しして、同書房から改版刊行されました。1947年には新潮文庫に登場、その後、出版社各社から刊行され現在に至っています。ITmedia 名作文庫では、巻頭に解説「俗出発点にあったバリエーションを愉しむ」(北条一浩)を収録し、2010年の常用漢字改定に照らし合わせ現代仮名遣いへ改めるとともに、常用外漢字にはルビを振り読みやすくした縦書版電子書籍をお届けします。(近日刊行予定)