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陰火(1)誕生 (1/4)

 二十五の春、そのひしがたの由緒ありげな学帽を、たくさんの希望者の中でとくにへどもどまごつきながら願い出たひとりの新入生へ、くれてやって、帰郷した。鷹の羽の定紋うった軽い幌馬車は、若い主人を乗せて、停車場から三里のみちを一散にはしった。からころと車輪が鳴る、馬具のはためき、御者の叱咤、蹄鉄のにぶい響、それらにまじって、ひばりの声がいくども聞こえた。

 北の国では、春になっても雪があった。道だけは一筋くろく乾いていた。田圃たんぼの雪もはげかけた。雪をかぶった山脈のなだらかな起伏も、むらさきいろに萎えていた。その山脈の麓、黄いろい材木の積まれてあるあたりに、低い工場が見えはじめた。太い煙突から晴れた空へ煙が青くのぼっていた。彼の家である。新しい卒業生は、ひさしぶりの故郷の風景に、ものうい瞳をそっと投げたきりで、さもさもわざとらしい小さなあくびをした。

 そうして、そのとしには、彼はおもに散歩をして暮らした。彼のうちの部屋部屋をひとつひとつ回って歩いて、そのおのおのの部屋の香をなつかしんだ。洋室は薬草の臭気がした。茶の間は牛乳。客間には、なにやら恥ずかしい匂いが。彼は、表二階や裏二階や、離れ座敷にもさまよい出た。いちまいのふすまをするするあける度毎に、彼のよごれた胸がかすかにときめくのであった。それぞれの匂いはきっと彼に都のことを思い出させたからである。

 彼は家のなかだけでなく、野原や田圃をもひとりで散歩した。野原の赤い木の葉や田圃の浮き藻の花は彼も軽蔑して眺めることができたけれども、耳をかすめて通る春の風と、ひくく騒いでいる秋の満目の稲田とは、彼の気にいっていた。

 寝てからも、むかし読んだ小型の詩集や、真紅の表紙に黒いハムマアのかれてあるような、そんな書物を枕元に置くことは、めったになかった。寝ながら電気スタンドを引き寄せて、両のてのひらを眺めていた。手相に凝っていたのである。掌にはたくさんのこまかいしわがたたまれていた。そのなかに三本の際だって長い皺が、ちりちりと横に並んではしっていた。この三つのうす赤い鎖が彼の運命を象徴しているというのであった。それによれば、彼は感情と知能とが発達していて、生命は短いということになっていた。おそくとも二十代には死ぬるというのである。

 そのあくる年、結婚をした。べつに早いとも思わなかった。美人でさえあれば、と思った。華やかな婚礼があげられた。花嫁は近くのまちの造り酒屋の娘であった。色が浅黒くて、なめらかな頬にはうぶ毛さえ生えていた。編み物を得意としていた。ひとつき程は彼も新妻をめずらしがった。

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晩年

1936年6月25日に砂子屋書房から刊行された太宰治の記念すべき第一著作集です。第一回芥川龍之介賞候補作となった「逆行」を含む15の短編が収録されています。後の著作集に再録されている作品も少くありません。「私はこの短編集一冊のために、十箇年を棒に振った」という太宰。書きまくった「原稿用紙五万枚。そうして残ったのは、辛うじてこれだけである」とは本人の弁。1941年、一部を手直しして、同書房から改版刊行されました。1947年には新潮文庫に登場、その後、出版社各社から刊行され現在に至っています。ITmedia 名作文庫では、巻頭に解説「俗出発点にあったバリエーションを愉しむ」(北条一浩)を収録し、2010年の常用漢字改定に照らし合わせ現代仮名遣いへ改めるとともに、常用外漢字にはルビを振り読みやすくした縦書版電子書籍をお届けします。(近日刊行予定)