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逆行(2)盗賊 (1/3)

 ことし落第ときまった。それでも試験は受けるのである。甲斐かいない努力の美しさ。われはその美に心をひかれた。今朝こそわれは早く起き、まったく一年ぶりで学生服に腕をとおし、菊花の御紋章かがやく高い大きい鉄の門をくぐった。おそるおそるくぐったのである。すぐに銀杏いちょうの並木がある。右側に十本、左側にも十本、いずれも巨木である。葉の繁るころ、この路はうすぐらく、地下道のようである。いまは一枚の葉もない。並木路のつきるところ、正面に赤い化粧煉瓦れんがの大建築物。これは講堂である。われはこの内部を入学式のとき、ただいちど見た。寺院の如き印象を受けた。いまわれは、この講堂の塔の電気時計を振り仰ぐ。試験には、まだ十五分の間があった。探偵小説家の父親の銅像に、いつくしみの瞳をそそぎつつ、右手のだらだら坂を下り、庭園に出たのである。これは、むかし、さるお大名のお庭であった。池には鯉と緋鯉ひごいとすっぽんがいる。五六年まえまでには、ひとつがいの鶴が遊んでいた。いまでも、この草むらには蛇がいる。雁や野鴨のがもの渡り鳥も、この池でその羽を休める。庭園は、ほんとうは二百坪にも足りないひろさなのであるが、見たところ千坪ほどのひろさなのだ。すぐれた造園術のしかけである。われは池畔の熊笹のうえに腰をおろし、背をかしの古木の根株にもたせ、両脚をながながと前方になげだした。小径こみちをへだてて大小凸凹の岩がならび、そのかげからひろびろと池がひろがっている。曇天の下の池の面は白く光り、小波さざなみしわをくすぐったげに畳んでいた。右足を左足のうえに軽くのせてから、われは呟く。

 ――われは盗賊。

 まえの小径を大学生たちが一列に並んで通る。ひきもきらず、ぞろぞろと流れるように通るのである。いずれは、ふるさとの自慢の子。えらばれた秀才たち。ノオトのおなじ文章を読み、それをみんなみんなの大学生が、一律に暗記しようと努めていた。われは、ポケットから煙草を取りだし、一本、口にくわえた。マッチがないのである。

 ――火を借してれ。

 ひとりの美男の大学生をえらんで声をかけてやった。うすみどり色の外套がいとうにくるまった、その大学生は立ちどまり、ノオトから眼をはなさず、くわえていた金口の煙草をわれに与えた。与えてそのままのろのろと歩み去った。大学にもわれに匹敵する男がある。われはその金口の外国煙草からおのが安煙草に火をうつして、おもむろに立ちあがり、金口の煙草を力こめて地べたへ投げ捨て靴の裏でにくしみにくしみ踏みにじった。それから、ゆったり試験場へ現れたのである。

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晩年

1936年6月25日に砂子屋書房から刊行された太宰治の記念すべき第一著作集です。第一回芥川龍之介賞候補作となった「逆行」を含む15の短編が収録されています。後の著作集に再録されている作品も少くありません。「私はこの短編集一冊のために、十箇年を棒に振った」という太宰。書きまくった「原稿用紙五万枚。そうして残ったのは、辛うじてこれだけである」とは本人の弁。1941年、一部を手直しして、同書房から改版刊行されました。1947年には新潮文庫に登場、その後、出版社各社から刊行され現在に至っています。ITmedia 名作文庫では、巻頭に解説「俗出発点にあったバリエーションを愉しむ」(北条一浩)を収録し、2010年の常用漢字改定に照らし合わせ現代仮名遣いへ改めるとともに、常用外漢字にはルビを振り読みやすくした縦書版電子書籍をお届けします。(近日刊行予定)