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或る女(8) (1/7)

 日の光がとっぷりと隠れてしまって、往来の灯ばかりが足もとの便りとなるころ、葉子は熱病患者のように濁りきった頭をもてあまして、車に揺られるたびごとに眉を痛々しくしかめながら、釘店くぎだなに帰って来た。

 玄関にはいろいろの足駄や靴がならべてあったが、流行を作ろう、少なくとも流行に遅れまいという華やかな心を誇るらしい履物といっては一つも見当たらなかった。自分の草履を始末しながら、葉子はすぐに二階の客間の模様を想像して、自分のために親戚や知人が寄って別れを惜しむというその席に顔を出すのが、自分自身を馬鹿にしきったことのようにしか思われなかった。こんなくらいなら定子のところにでもいる方がよほど増しだった。こんなことのあるはずだったのをどうしてまた忘れていたものだろう。どこにいるのもいやだ。木部の家を出て、二度とは帰るまいと決心した時のような心持ちで、拾いかけた草履をたたきに戻そうとしたその途端に、

「姉さんもういや......いや」

 と言いながら、身を震わしてやにわに胸に抱きついて来て、乳の間のくぼみに顔を埋めながら、成人おとなのするような泣きじゃくりをして、

「もう行っちゃいやですと言うのに」

 とからく言葉を続けたのは貞世だった。葉子は石のように立ちすくんでしまった。貞世は朝から不機嫌になって誰の言うことも耳には入れずに、自分の帰るのばかりを待ちこがれていたに違いないのだ。葉子は機械的に貞世に引っ張られて階子段はしごだんを昇って行った。

 階子段を昇りきって見ると客間はしんとしていて、五十川いそがわ女史の祈祷きとうの声だけがおごそかに聞こえていた。葉子と貞世とは恋人のように抱き合いながら、アーメンと言う声の一座の人々から挙げられるのを待って室にはいった。列座の人々はまだ殊勝らしく頭を首垂うなだれている中に、正座近くすえられた古藤だけは昂然こうぜんを見開いて、ふすまを開けて葉子がしとやかにはいって来るのを見戍みまもっていた。

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或る女

「武蔵野」で有名な自然主義作家、国木田独歩の最初の妻である佐々城信子をモデルとしたフィクションです。アメリカにいる再婚相手に会うため、太平洋航路の客船に乗った早月葉子。船上で知り合った客船事務長の倉地三吉と恋に落ち、再婚は取り止めて日本に帰国してしまいます。そして……。封建制度に反発し自我を押し通して生きようとした女性の波瀾万丈な物語です。1911年から1913年まで「白樺」に連載された「或る女のグリンプス」を元に、後半部分を書下ろして1919年、叢文閣から「有島武郎著作集」の前後編として刊行されました。ITmedia 名作文庫では、叢文閣版を底本とした各社文庫を参照するとともに、2010年度常用漢字改定に照らし合わせ、現代仮名遣いへ改めました。巻末付録に正宗白鳥による批評を収録しています。