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或る女(31) (1/2)

 寒い明治三十五年の正月が来て、愛子たちの冬期休暇も終わりに近づいた。葉子は妹たちを再び田島塾の方に帰してやる気にはなれなかった。田島という人に対して反感を抱いたばかりではない。妹たちを再び預かってもらうことになれば葉子は当然挨拶に行ってべき義務を感じたけれども、どういうものかそれがはばかられて出来なかった。横浜の支店長の永井とかこの田島とか、葉子には自分ながらわけの分からない苦手の人があった。その人たちが格別偉い人だとも、恐ろしい人だとも思うのではなかったけれども、どういうものかその前に出ることに気が引けた。葉子はまた妹たちが不言不語いわずかたらずのうちに生徒たちから受けねばならぬ迫害を思うと不憫ふびんでもあった。で、毎日通学するには遠すぎるという理由の下にそこをやめて、飯倉にある幽蘭ゆうらん女学校というのに通わせることにした。

 二人が学校に通い出すようになると、倉地は朝から葉子のところで退校時間まで過ごすようになった。倉地の腹心の仲間たちもちょいちょい出入りした。ことに正井という男は倉地の影のように倉地のいるところには必ずいた。例の水先案内業者組合の設立について正井が一番働いているらしかった。正井という男は、一見放漫なように見えていて、剃刀かみそりのように目端のく人だった。その人が玄関からはいったら、そのあとに行って見ると履き物は一つ残らずそろえてあって、傘は傘で一隅にちゃんと集めてあった。葉子も及ばない素早さで花瓶の花のしおれかけたのや、茶や菓子の足しなくなったのを見て取って、翌日は忘れずにそれを買い調えて来た。無口の癖にどこかに愛嬌あいきょうがあるかと思うと、馬鹿笑いをしている最中に不思議に陰険な眼つきをちらつかせたりした。葉子はその人を観察すればするほどその正体が分からないように思った。それは葉子をもどかしくさせるほどだった。時々葉子は倉地がこの男と組合設立の相談以外の秘密らしい話し合いをしているのに感づいたが、それはどうしても明確に知ることが出来なかった。倉地に聞いて見ても、倉地は例ののんきな態度でこともなげに話題をらしてしまった。

 葉子はしかし何と言っても自分が望み得る幸福の絶頂に近いところにいた。倉地を喜ばせることが自分を喜ばせることであり、自分を喜ばせることが倉地を喜ばせることである、そうした作為のない調和は葉子の心をしとやかに快活にした。何にでも自分がしようとさえ思えば適応し得る葉子にとっては、抜け目のない世話女房になるくらいのことは何でもなかった。妹たちもこの姉を無二のものとして、姉のしてくれることは一も二もなく正しいものと思うらしかった。始終葉子から継子ままこあつかいにされている愛子さえ、葉子の前にはただ従順なしとやかな少女だった。愛子としても少なくとも一つはどうしてもその姉に感謝しなければならないことがあった。それは年齢のお陰もある。愛子は今年で十六になっていた。しかし葉子がいなかったら、愛子はこれほど美しくはなれなかったに違いない。二、三週間のうちに愛子は山から掘り出されたばかりのルビーと磨きをかけ上げたルビーとほどに変わっていた。小肥こぶとりで背丈は姉よりもはるかに低いが、ぴちぴちと締まった肉づきと、抜け上がるほど白いつやのある皮膚とはいい均整を保って、短くはあるが類のないほど肉感的な手足の指の先細なところに利点を見せていた。むっくりと牛乳色の皮膚に包まれた地蔵肩の上に据えられたその顔はまた葉子の苦心に十二分にむくいるものだった。葉子が頸際くびぎわってやるとそこに新しい美が生まれ出た。髪を自分の意匠通りに束ねてやるとそこに新しい蠱惑こわくが湧き上がった。葉子は愛子を美しくすることに、成功した作品に対する芸術家と同様の誇りと喜びとを感じた。暗いところにいて明るい方に振り向いた時などの愛子の卵形の顔形は美の神ビーナスをさえ妬ますことが出来たろう。顔の輪廓りんかくと、やや額際を狭くするまでに厚く生え揃った黒漆の髪とは闇の中に溶けこむようにぼかされて、前からのみ来る光線のために鼻筋は、希臘ギリシャ人のそれに見るような、規則正しく細長い前面の平面を際立たせ、潤いきった大きな二つの瞳と、締まって厚い上下の唇とは、皮膚を切り破って現れ出た二対の魂のようになまなましい感じで見る人を打った。愛子はそうした時に一番美しいように、闇の中にさびしくひとりでいて、その多恨なじっと明るみを見つめているような少女だった。

 葉子は倉地が葉子のためにして見せた大きな英断に酬いるために、定子を自分の愛撫あいぶの胸から裂いて捨てようと思いきわめながらも、どうしてもそれが出来ないでいた。あれから一度も訪れこそしないが、時折り金を送ってやることと、乳母から安否を知らさせることだけは続けていた。乳母の手紙はいつでも恨みつらみで満たされていた。日本に帰って来て下さった甲斐かいがどこにある。親がなくて子が子らしく育つものか育たぬものかちょっとでも考えて見てもらいたい。乳母もだんだん年を取って行く身だ。麻疹ましんにかかって定子は毎日毎日ママの名を呼び続けている、その声が葉子の耳に聞こえないのが不思議だ。こんなことが消息のたびごとにたどたどしく書き連ねてあった。葉子はいても立ってもたまらないようなことがあった。けれどもそんな時には倉地のことを思った。ちょっと倉地のことを思っただけで、歯をいしばりながらも、苔香園たいこうえんの表門からそっと家を抜け出る誘惑に打ち勝った。

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或る女

「武蔵野」で有名な自然主義作家、国木田独歩の最初の妻である佐々城信子をモデルとしたフィクションです。アメリカにいる再婚相手に会うため、太平洋航路の客船に乗った早月葉子。船上で知り合った客船事務長の倉地三吉と恋に落ち、再婚は取り止めて日本に帰国してしまいます。そして……。封建制度に反発し自我を押し通して生きようとした女性の波瀾万丈な物語です。1911年から1913年まで「白樺」に連載された「或る女のグリンプス」を元に、後半部分を書下ろして1919年、叢文閣から「有島武郎著作集」の前後編として刊行されました。ITmedia 名作文庫では、叢文閣版を底本とした各社文庫を参照するとともに、2010年度常用漢字改定に照らし合わせ、現代仮名遣いへ改めました。巻末付録に正宗白鳥による批評を収録しています。