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或る女(3) (1/4)

 その木部の眼は執念しゅうねくもつきまつわった。しかし葉子はそっちを見向こうともしなかった。そして二等の切符でもかまわないからなぜ一等に乗らなかったのだろう。こういうことがきっとあると思ったからこそ、乗り込む時もそう言おうとしたのだのに、気が利かないっちゃないと思うと、近ごろになく起きぬけからえ冴えしていた気分が、沈みかけた秋の日のように陰ったり滅入めいったりし出して、冷たい血がポンプにでもかけられたように脳の透間すきまという透間をかたく閉ざした。たまらなくなって向かいの窓から景色でも見ようとすると、そこにはシェードが下ろしてあって、例の四十三、四の男が厚い唇をゆるく開けたままで、馬鹿な顔をしながらまじまじと葉子を見やっていた。葉子はむっとしてその男の額から鼻にかけたあたりを、遠慮もなく発矢と眼でむちうった。商人は、本当に鞭うたれた人が泣き出す前にするように、笑うような、はにかんだような、不思議な顔のゆがめ方をして、さすがに顔を背けてしまった。その意気地のない様子がまた葉子の心をいらいらさせた。右に眼を移せば三、四人先に木部がいた。その鋭い小さな眼は依然として葉子を見守っていた。葉子は震えを覚えるばかりに激昂げっこうした神経を両手に集めて、その両手を握り合わせて膝の上のハンケチの包みを押さえながら、下駄の先をじっと見入ってしまった。今は車内の人が申し合わせて侮辱でもしているように葉子には思えた。古藤が隣座となりざにいるのさえ、一種の苦痛だった。その瞑想的めいそうてきな無邪気な態度が、葉子の内部的経験や苦悶くもんと少しも縁が続いていないで、二人の間には金輪際理解が成り立ち得ないと思うと、彼女は特別に毛色の変わった自分の境界に、そっと窺い寄ろうとする探偵をこの青年に見出すように思って、その五分刈りにした地蔵頭までが顧みるにも足りない木のくずか何ぞのように見えた。

 痩せた木部の小さな輝いた眼は、依然として葉子を見つめていた。

 なぜ木部はかほどまで自分を侮辱するのだろう。彼は今でも自分を女とあなどっている。ちっぽけな才力を今でも頼んでいる。女よりも浅ましい熱情を鼻にかけて、今でも自分の運命に差し出がましく立ち入ろうとしている。あの自信のない臆病な男に自分はさっき媚を見せようとしたのだ。そして彼は自分がこれほどまで誇りを捨てて与えようとした特別の好意をまなじりえして退けたのだ。

 痩せた木部の小さな眼は依然として葉子を見つめていた。

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或る女

「武蔵野」で有名な自然主義作家、国木田独歩の最初の妻である佐々城信子をモデルとしたフィクションです。アメリカにいる再婚相手に会うため、太平洋航路の客船に乗った早月葉子。船上で知り合った客船事務長の倉地三吉と恋に落ち、再婚は取り止めて日本に帰国してしまいます。そして……。封建制度に反発し自我を押し通して生きようとした女性の波瀾万丈な物語です。1911年から1913年まで「白樺」に連載された「或る女のグリンプス」を元に、後半部分を書下ろして1919年、叢文閣から「有島武郎著作集」の前後編として刊行されました。ITmedia 名作文庫では、叢文閣版を底本とした各社文庫を参照するとともに、2010年度常用漢字改定に照らし合わせ、現代仮名遣いへ改めました。巻末付録に正宗白鳥による批評を収録しています。