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或る女(19) (1/7)

 しばらくの間食堂で事務長と通り一遍の話でもしているらしい木村が、頃を見計らって再度葉子の部屋の戸をたたいた時にも、葉子はまだ枕に顔を伏せて、不思議な感情の渦巻きの中に心を浸していたが、木村が一人ではいって来たのに気づくと、はじめて弱々しく横向きに寝なおって、二の腕まで袖口のまくれた真っ白な手をさし延べて、黙ったまま木村と握手した。木村は葉子の激しく泣いたのを見てから、こらえ堪えていた感情がさらにこうじたものか、涙をあふれんばかり眼頭めがしらにためて、厚ぼったい唇を震わせながら、痛々しげに葉子の顔つきを見入って突っ立った。

 葉子は、今まで続けていた沈黙の惰性で第一口をきくのが物懶ものうかったし、木村は何と言い出したものか迷う様子で、二人の間には握手のまま意味深げな沈黙が取りかわされた。その沈黙はしかし感傷的という程度であるにはあまりに長く続き過ぎたので、外界の刺激に応じて過敏なまでに満干みちひの出来る葉子の感情は今まで浸っていた痛烈な動乱から一皮一皮平調にかえって、果てはその底に、こう嵩じてはいとわしいと自分ですらが思うような冷ややかな皮肉が、そろそろ頭を持ち上げるのを感じた。握り合わせたむずかゆいような手を引っ込めて、眼元まで布団をかぶって、そこから自分の前に立つ若い男の心の乱れを嘲笑あざわらって見たいような心にすらなっていた。永く続く沈黙が当然き起こす一種の圧迫を木村も感じてうろたえたらしく、何とかして二人の間の気まずさを引き裂くような、心の切なさを表す適当の言葉を案じ求めているらしかったが、とうとう涙に潤った低い声で、もう一度、

「葉子さん」

 と愛するものの名を呼んだ。それは先ほど呼ばれた時のそれに比べると、聞き違えるほど美しい声だった。葉子は、今まで、これほど切な情を籠めて自分の名を呼ばれたことはないようにさえ思った。「葉子」という名に際立って伝奇的な色彩が添えられたようにも聞こえた。で、葉子はわざと木村と握り合わせた手に力をこめて、さらに何とか言葉をつがせて見たくなった。その眼も木村の唇に励ましを与えていた。木村は急に弁力を回復して、

「一日千秋の思いとはこのことです」

 とすらすらと滑らかに言って退けた。それを聞くと葉子は見事期待に背負投しょいなげをわされて、その場の滑稽に思わず噴き出そうとしたが、いかに事務長に対する恋に溺れきった女心の残虐さからも、さすがに木村の他意ない誠実を笑いきることは得しないで、葉子はただ心の中で失望したように「あれだから嫌になっちまう」とくさくさしながらかこった。

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或る女

「武蔵野」で有名な自然主義作家、国木田独歩の最初の妻である佐々城信子をモデルとしたフィクションです。アメリカにいる再婚相手に会うため、太平洋航路の客船に乗った早月葉子。船上で知り合った客船事務長の倉地三吉と恋に落ち、再婚は取り止めて日本に帰国してしまいます。そして……。封建制度に反発し自我を押し通して生きようとした女性の波瀾万丈な物語です。1911年から1913年まで「白樺」に連載された「或る女のグリンプス」を元に、後半部分を書下ろして1919年、叢文閣から「有島武郎著作集」の前後編として刊行されました。ITmedia 名作文庫では、叢文閣版を底本とした各社文庫を参照するとともに、2010年度常用漢字改定に照らし合わせ、現代仮名遣いへ改めました。巻末付録に正宗白鳥による批評を収録しています。