支那游記

支那游記芥川龍之介

芥川龍之介は、1921年3月から7月までの4ヶ月間、大阪毎日新聞社の海外視察員として中国を訪れ各地を訪問しました。帰国後、大阪毎日新聞に掲載された紀行文等を中心にまとめられたのが『支那游記(しなゆうき)』(改造社、1925)です。この旅行後、芥川の心身の衰えが始まります。いったい、芥川は中国で何を見たのでしょうか?『支那游記』は「上海游記」「江南游記」「長江游記」「北京日記抄」「雑信一束」で構成されています。改造社版の底本は全文振り仮名の付いた「総ルビ」ですが、ITmedia 名作文庫では常用外漢字など、読みづらい文字に振られた一部のルビ以外は省略するとともに、新聞連載時のイメージで、毎日一編ずつ掲載していきます。

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目次

支那游記 自序

1925年10月、『支那游記』の刊行にあたり芥川龍之介が書いた序文です。

  • 自序 (2014年7月24日 公開)
上海游記

上海游記連載終了

芥川龍之介『支那游記』の第一部にあたる「上海游記」です。

江南游記

江南游記連載終了

『支那游記』の第二部にあたる「江南游記」です。胃腸の具合が悪く三ヶ月間連載を中断していた芥川龍之介は薄田泣菫からの電報「ゲンコウタノミマス」を見て「上海游記」の続編を書き出します。

長江游記

長江游記連載終了

大正10(1921)年、29歳の芥川龍之介が中国旅行をした際に、長江を遡った時の紀行文。『支那游記』の第三部にあたります。「江南游記」の3年後、1924年8月に書かれました。この年の前半の芥川は、金沢の室生犀星訪問、京都の志賀直哉訪問、軽井沢で初めての避暑等、健康だった模様です。

表記等について

  1. 読みやすさを優先し、原則として旧仮名遣いを新仮名遣いに改めるほか常用漢字表の新字体を使用するが、原文に文語文がある場合はそのかぎりではない。
  2. 常用漢字表にない漢字、当て字、異字は初出時に振り仮名を付ける。
  3. 難読語で原文を損なうおそれが少ないと思われるものについては仮名に改める。
  4. 振り仮名はブラウザによって表示が異なる。ChromeとInternet Explorerでは文字の上に振り仮名が振られる「ルビ表示」となるが、Firefoxでは文字の後に()で表示される。文字を強調する傍点は、FirefoxとInternet Explorerでは太字で表示される。
  5. ITmedia 名作文庫は、散文作品(小説、随筆、評論、日記等)を主体とする。なるべく初刊本に近いものを底本に選び、全集等、先人たちの校訂を参照する。著者の死後50年を過ぎた作品群の中には、21世紀の今日の観点からみると、差別を始めとした不適切な表現ないしは同表現ととられかねない箇所が見受けられることがあるが、原文の歴史的価値を鑑みて底本どおりとする。